AKB48まとめんばー

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    05s2



    1 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:37:23.71 ID:oupraDg70

    ――これで…終わりなの?せっかくここまで来たのに…。


    板野「ごめん…陽菜…」


    板野はぼそりと呟くと、ポケットに手を入れた。


    小嶋「…え?」


    追い詰められた焦りと、極限にまで達した緊張。

    板野の手が震える。
    前方で勝ち誇ったように腕を組むのは、予期せぬ人物――ほんの数日前までは仲間として疑いもしなかったメンバー。
    「もう諦めなよ。おとなしく監房に戻って」とかつての仲間は言う。

    大島「そんな…」


    大島がハッと息を洩らした。

    彼女達は互いに視線を交じらせ、硬直している。
    小嶋の背後に立ち、板野は青ざめた顔をかつての仲間へと向けた。

    大島「どうして…やめてよ…」


    板野「ここで終わらせるわけには行かないの。ごめん陽菜…」


    小嶋「お願い…やめてともちん…」


    2 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:38:01.22 ID:oupraDg70
    板野の手に握られた包丁。
    その刃先は、小嶋の喉元へと向けられている。

    ――こんなこと本当はしたくない…だけど…やらなきゃ駄目なの…。


    手にはじっとりと汗をかいている。

    板野はひそかに包丁を握り直すと、声を張り上げた。

    板野「陽菜がどうなってもいいの?!」


    もう一方の手で、小嶋の腕をぎゅっと掴む。

    そしてゆっくりと、刃先を喉元へと近づけていった。

    高橋「何考えてるのともちん!」


    高橋が厳しい声を上げる。

    しかし板野の握る包丁が気になって、その場から動くことができない。

    板野「陽菜を助けたかったら、おとなしく道を開けて!」


    そう言いながら、板野はこれまでのことを振り返っていた。


    ――どうしてこんなことになっちゃったんだろう…どうしてあたしは…陽菜に包丁を向けなきゃならないの…?


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    35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 15:03:25.70 ID:e2VXfq/yP
    ともちんが主役か

    6 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:38:44.91 ID:oupraDg70
    《19日前》

    前田「…ん…ここは…?」


    冷たい床の上で目を覚ました前田は、見慣れない景色に怯えた表情を浮かべた。


    ――確か移動車に乗って現場に向かっていたはず…でもここはどこなの?


    高橋「気がついた?あっちゃん…」


    前田の様子に気付いた高橋が駆け寄る。


    前田「たかみな…ここどこ?みんなは…」


    高橋「大丈夫、みんないるよ」


    前田「ここは…?」


    高橋「わかんない。気がついたらみんなここに寝かされていて…」


    前田の問いかけに、高橋は暗い表情を浮かべた。


    高橋「一体何が起きたのか…マネージャーさん達もいないし…」


    前田はゆっくりと辺りを見回した。

    どこかの部屋のようだが、殺風景で家具らしい物は何1つ置かれていない。
    メンバーは皆数人ずつかたまり、不安に肩を震わせていた。


    7 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:39:59.01 ID:oupraDg70
    前田「あ、あれは…?」

    部屋の中央に置かれた奇妙な箱が、前田の目に映った。


    高橋「わからないんだ。何かのドッキリなのか…でもそのわりには手がこんでるし…」


    高橋が肩を落とした瞬間、部屋の中にノイズ音が響き渡った。

    それはすぐに機械的な音声へと変わる。

    『AKBの皆さん、こんにちは』


    前田「え?何?」


    高橋「こんな状況だし…妙に気味悪く聞こえる声だね」


    仲川「こんにちはー」


    素直な仲川が子供番組の要領で元気よく挨拶を返す中、メンバー達は判断のつきかねた顔で、天井に設置されたスピーカーを凝視していた。


    『突然ですが、皆さんは自分の役割について考えたことがありますか?自分が本当はどんな人間で、どのような思考を持つのか、振り返ってみたことはありますか?』


    音声は淡々と、メンバー達に問いかけてくる。


    8 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:40:51.27 ID:oupraDg70

    『偉い人達に言われるまま、作られたアイドル像を演じてはいませんか?まるで人形のように…。あなた方は本当に自分の意思で行動していると、胸を張って言えますか?』

    その問いかけに、メンバーはそれぞれ黙り込んだ。


    ――あたしは…正直アイドルすぎるぶりぶりの衣装が好きじゃない…。でも文句も言わず着ている…。


    板野は自分の行動を振り返り、愕然とした。


    ――確かに言われてみれば…AKBの衣装を着ているあたしは、あたしらしくないかもしれない…。


    板野はそこで、ひそかにため息をついた。

    同時に部屋のあちこちからメンバーの声が上がる。

    指原「胸を張りたくても、指原張れるほど胸ないし…」


    松井「あたしも」


    梅田「ね?」


    そんな中、沈黙していた音声が再開された。


    9 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:42:56.48 ID:oupraDg70
    『そこであなた方には今日からここで、我々が与えたより過酷な役割を演じてもらいます。演じることを通して、本来の自分の役割、自身の考えを見つ直してみてください』

    『きっとここから出た時、あなた方は自分自身の本当の姿に気付き、これまでの作られたアイドル像とは違う、新しいアイドルの姿として生まれ変われることでしょう』


    大島「演じるって…何…?みんなでコントでもしろって言うの?」


    演じるという言葉に、大島の目の色が変わる。


    峯岸「優子、そこは普通女優だったらコントじゃなくてお芝居のほうを想像するでしょ」


    すかさず峯岸が指摘した。


    大島「あ、そっか」


    『あなた方が演じる役割…それは囚人と看守です。ここは刑務所の中だと仮定してください。それでは早速、どちらを演じるか、決めていただきましょう。中央の箱からくじを引き、赤色の番号が書かれていれば囚人、青色の番号が書かれていれば看守です』


    『自分がどちらかわかったら、箱の下からそれぞれに見合った制服を取ってください。それではお近くの方から順に、くじを引いていただきましょう』


    10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 14:43:03.62 ID:9IDgg4Uf0
    看守と囚人に分かれる実験みたいな感じかなwktk

    11 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:43:45.13 ID:oupraDg70
    そうは言われたものの、メンバー達は互いの出方を窺って箱に近づこうとはしない。
    見かねた高橋が、意を決して立ち上がると、箱へ手を伸ばした。

    高橋「みんな箱の前に並んでー。とりあえず言われた通りにしてみよう。あたしから引くよー」


    高橋はそう言うと、箱の中を探った。

    すぐに1枚の紙を取り出す。

    高橋「赤色の7番、囚人です」


    高橋がくじを引いたのを見て、メンバー達が動き出す。

    囚人と看守…自身の演じる役割が決定したところで、今の状況を把握できるとは思えなかったが、言われた通りにしない限りは情報を提示してもらえることはなさそうだ。
    メンバーはみんな諦めの表情で、おとなしくくじを引いた。


    12 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/02/27(月) 14:43:55.64 ID:8gVu6n+R0
    またまた良スレの予感
    wktk

    14 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:44:53.21 ID:oupraDg70
    板野「あっちゃんどっちだった?」

    前田「青色だから…看守だ!えー、たかみなと分かれちゃったよー。ともちんどっちだったの?」


    板野「あたしもたかみなと一緒で囚人」


    前田「えー、にゃんにゃんは?」


    小嶋「あたしも囚人だよー」


    これから何が始まるのか。

    メンバーが不安げな顔をする中、小嶋だけはいつもの調子でのんびりと、引いたばかりのくじをペラペラと振ってみせた。

    大島「あたしも囚人ー。にゃんにゃん一緒だね」


    大島は小嶋のくじを見て、わずかに頬を緩めた。

    しかしまだ緊張は隠せないようである。

    15 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:45:52.25 ID:oupraDg70
    河西「ねぇねぇ佐江ちゃんどっちだったの?」

    宮澤「あ、あたしは囚人だったよ。ほら」


    河西「なんかあたしが引いたの白紙だったんだけど、ミスか何かかなぁ」


    宮澤「え?白紙なんてあるの?」


    河西と宮澤が話す中、高橋はきょろきょろと辺りを見回していた。


    高橋「えーっと、看守の制服が1つ余ってるみたいだけど、まだくじ引いてない人ー?」


    高橋の呼びかけに、怯える佐藤すみれを宥めていた篠田が気がついて、片手を挙げる。


    篠田「あ、あたしだ。ごめんごめん」


    篠田が看守の制服を手にしたところで、再び音声が始まった。


    16 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:46:45.61 ID:oupraDg70
    『皆さん、自身の役割はわかりましたね?3名の方はくじが白紙だったと思いますが、そちらの方は料理係です。これから囚人と看守、全員分の食事作りを担当してもらいます。3名の方、手を挙げてください』

    河西と米沢、竹内が恐る恐る手を挙げた。


    北原「良かったー。ともーみちゃんが料理係にいるなら、まともな食事が食べられそうだね」


    看守の制服を手にした北原が、満足げに頷いた。


    仁藤「里英ちゃんそこ心配する?」


    仁藤が信じられないものでも見たような顔で、北原の発言に突っ込む。


    北原「えー、食事は大事だよ」


    北原は当然といった顔で、仁藤の言葉に返した。



    18 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:48:12.49 ID:oupraDg70
    『料理係のルールですが、食事の配膳をする以外、無闇に刑務所内を出歩くことを禁止させていただきます。寝起きは厨房の横にある部屋を仲良く使ってください。手洗いと入浴は2階にある看守用のものを共用で使っていただきます』

    『細かい指示は放送にてお伝えしますので、3名の方は移動をお願いします。厨房は地下です。この部屋を出た左手に階段があります』


    河西「米ちゃん、行こう」


    米沢「う、うん…」


    竹内「あ、よろしくお願いします」


    3人は短く言葉を交わすと、揃って部屋を出て行った。


    『それではこれから、囚人と看守のルールをお伝えします』


    音声は冷静に、説明を続ける。



    19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 14:49:47.43 ID:mgW7nNyZ0
    よねちゃんって・・・

    20 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:50:13.16 ID:oupraDg70
    『囚人の1日のスケジュールは決められています。朝6時起床、起床後すぐに洗面と食事を済ませ、7時から夕方の5時までは作業時間です。途中、1時間休憩が入ります』

    『作業についてはその都度、こちらから工具や部品を支給します。作業終了時間までに必ず与えられた仕事を終わらせてください』


    大島「1時間の休憩を抜いて…1日9時間労働か」


    高橋「まぁそんなの普段に比べたら全然」


    大島と高橋はいくらか拍子抜けした表情を浮かべた。


    『作業後は1時間ほど休み、6時を夕食の時間とします。そして7時から8時までは自由時間…互いの房を行き来し、自由に話したり、入浴をすることもできますが、それ以外の作業時間内は私語厳禁ですので気をつけてください。作業中は、仕事に専念しましょう』


    前田亜「ぼうって何ですかね」


    大家「房はたぶん監房のことだよ。牢屋」


    前田亜「え?囚人てやっぱり、牢屋に入れられるんですか?」


    驚きの声を上げた亜美の手には、囚人の制服が握られている。


    21 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:51:07.21 ID:oupraDg70
    『くじに書かれた番号順に2人で1つの監房を使っていただきます。自由時間以外でのお手洗いに関しては、看守に申し出てください。看守はそれぞれの監房の鍵を携帯しております』

    前田「あ、ほんとだー。ベルトに鍵が付いてる」


    前田が気がついて、囚人の制服を探った。


    篠田「なんかほんとに…あたし達看守やるんだね…」


    篠田は呆れた表情を浮かべている。


    『また、囚人の行動範囲は制限されています。監房と作業部屋、手洗いと浴室以外の立ち入りは禁止です。また、時間外での作業部屋と浴室への立ち入りも禁止されていますので、皆さん時間を守って行動しましょう』


    仲川「はーい」


    仲川はなぜかわくわくとした調子で、元気よく返事をした。

    彼女の手にあるのは囚人の制服だが、あまり状況をわかっていないのか、メンバーとお泊り会でもすると勘違いしている節が見受けられる。


    22 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:52:27.46 ID:oupraDg70
    『看守は囚人の行動を厳しくチェックし、ルールを破った囚人を見つけたらすぐに注意してください。看守は看守の役割というものをきちんと理解した上で行動していただきます。もちろん、看守として制服は正しく着用しましょう』

    前田「看守の役割かぁ…」


    前田は不安げに囚人の制服を見つめた。

    カーキ色のシンプルな制服が、途端に威圧的に見えてきてしまう。

    峯岸「うるさい人がいたらとにかく注意すればいいんじゃない?」


    峯岸はそう言って、前田の肩を叩いた。


    『そしてここからが重要なルールです。1日の作業が終わった時点で、看守は囚人の中からその日1番駄目だった者、ルール破った者を1人決めて、懲罰房へ入れてください。懲罰房へ入れられた囚人は1日そこで反省していただきます』


    『1人の囚人が5回懲罰房へ入った時点で、我々が提示した役割は終了となり、あなた方は全員解放されます。それまで、ここから出ることは出来ません』


    23 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:54:14.08 ID:oupraDg70
    板野「ここから出られないって…どうしよう…」

    大島「ともちゃん?」


    秋元「仕事とかあるし、いいともなんて生放送だよ?どうすんの?」


    指原「ですよね、絶対放送に間に合わないですよ」


    『あなた方がきちんと役割を演じているか、ルールを破ったのに野放しにされている囚人がいないか、我々は常に監視しています。くれぐれも演じることを忘れないようにお願い致します』


    『囚人の皆さん、看守の命令は絶対ですよ。看守の皆さん、看守としての立場をどうかお忘れなく』


    『それからあなた方の私物に関してですが、持込みは可能です。ただし、外部との連絡がつかないように、携帯電話は特殊な電波を流し、電源が入らないようにされていますから使えません』


    24 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:54:51.79 ID:oupraDg70
    前田「え、携帯使えないって!」

    篠田「うん」


    峯岸「あ、ともーみ荷物忘れてってる。後で届けてあげなきゃ」


    永尾「あの、これ美宥ちゃんの荷物なんですけど…」


    峯岸「うん、持って行ってあげてー」


    永尾「はい」


    前田「米ちゃんのはー?」


    平嶋「こっちにあるよ」


    平嶋が鞄を持ち上げた時、サイレンが鳴った。

    甲高く、妙に勘に触るその音色に、メンバーは皆眉をしかめる。

    『それではスタートです。囚人の監房は1階、看守の部屋は2階です。看守は囚人を監房へ入れた後、2階に上がってください。全員着替え終わった時点で作業を開始してもらいます。囚人を迎えに行き、2階の作業部屋へ連れて行きましょう。細かい指示は追って放送が入ります』


    音声が切れると、諦めと困惑が入り混じり、複雑な表情を浮かべたメンバー達が肩を落としていた。


    25 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:55:45.38 ID:oupraDg70
    数分後――。

    大島「これに着替えたら作業開始かぁ」


    仲俣「なんか緊張しますね。懲罰房って…この部屋と何か違うんでしょうか?」


    第9監房では、仲俣がため息混じりに部屋の様子を観察していた。


    仲俣「どこの監房も同じ感じなんですかね」


    大島「そうじゃない?」


    壁際には二段ベッドが置かれ、反対の壁には小さな机。それだけの家具で、ほとんどスペースが埋まってしまうほどの狭い部屋である。

    窓はなく、通路からの光と、天井から吊るされた小さな蛍光灯がそんな部屋の中を照らしている。
    通路側は鉄格子となっていて、誰かが通ればすぐにその姿が確認できるようになっていたが、開放的というよりは屈辱的な眺めであった。
    仲俣は自分が動物園の檻に入れられた哀れな野生動物のように思えてくる。


    26 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:56:34.30 ID:oupraDg70
    大島「すごいよ、本当に鍵掛けられてる」

    大島は鉄格子に掛けられた鍵を観察していた。

    下に隙間があるのは、食事を受け渡す時のものだろうと推測する。
    念のため頭を通してみようと試みたが、肩でつっかえてしまって小柄な大島でも通り抜けることは不可能だった。

    仲俣「一度扉を閉めると、自動的に鍵が閉まるみたいですね」


    大島「トイレ行くたびにここから看守を呼んで鍵開けてもらうの?」


    仲俣「あ、このボタン…これで呼ぶんじゃないですかね。ナースコールみたいに」


    大島「なんか面倒だなぁ…。本当囚人て行動が制限されてる。トイレくらい自由に行かせてほしいよ」


    仲俣「なんか大島さん…落ち着いてますね。怖くないんですか?」


    27 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:57:07.57 ID:oupraDg70
    大島「うーんそうかな…。あんまり緊張とか顔に出ないタイプなんだよね」

    仲俣「羨ましいです」


    大島「仲俣ちゃん、大丈夫?顔色悪いけど…」


    仲俣「はい…わたし怖くて…詳しい説明もなく囚人だ看守だなんて強要されて…こんなわけわからないところに閉じ込められて…わたし達一体どうなるんでしょう?」


    大島「仲俣ちゃん…大丈夫だよ。一応さっきの説明で解放してもられることは約束されてたんだし、それまで頑張ろう。何か辛いこととか、我慢出来ないことがあったら聞くから」


    仲俣「はい…ありがとうございます」


    不安と緊張で硬くなっていた仲俣は、大島の言葉を聞き、ふくよかな頬をわずかに緩ませた。

    と同時に、大島と同室に慣れたことを幸運に思うのだった。


    28 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:58:29.78 ID:oupraDg70
    一方その頃、第7監房では――。

    指原「ぱるる一緒の部屋なんだね」


    指原はびくびくと視線を泳がせる後輩の島崎の姿を見て、ますます恐怖心を募らせていた。

    たまりかねた指原は、島崎に泣きつく。

    指原「えぇぇぱるるちょっと落ち着こうよ。ぱるるがそんなだと指原までもっと怖くなっちゃうよぉぉ」


    島崎「あ、ごめんなさい」


    島崎はそこでようやく気がついて、小さく声を洩らした。


    指原「大丈夫だよね。ちゃんと指示に従ってればすぐに解放されるよね」


    島崎「そ、そうですよね。ちゃんと…」


    指原「うん…」


    2人はそれぞれ不安要素を見つけたのか、そこで黙り込んだ。


    ――ぱるる…ぽんこつと言われてるけど大丈夫なのかな…。何かやらかしたら罰があるとかだったらどうしよう…。懲罰房が何とかってさっき言ってたし…。


    29 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 14:59:08.65 ID:oupraDg70
    指原はこっそり、島崎の青ざめた横顔を盗み見る。
    整ったその横顔は、アイドル好きの指原にしてみればよだれを垂らしてしまうほどの可愛らしさを秘めているが、今はまだ、島崎を溺愛する余裕がない。

    ――駄目だ、ぱるるは頼れない…。いざとなったら誰か別の…。


    指原はそこで、大家が第14監房にいることを思い出した。

    指原と島崎のいる第7監房は角部屋である。

    ――となると…しいちゃんは単純に考えて指原の部屋の真上にいるわけか…。だけど下から上へ話しかけるれるわけないし、自由行動までは話せそうにないな…。


    監房には鉄格子が嵌められているので、隣の監房同士ではお互いの顔を見ることは出来なくとも、声を掛け合うくらいは出来そうだった。


    指原「あ、あれ?」


    島崎「ど、どうしたんですか?」


    指原はそこで、おかしな点に気が付いた。


    30 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:00:07.14 ID:oupraDg70
    指原「囚人の部屋は1階って言われたよね?全部で14房あるはずなのに第7監房の指原達は角部屋…」

    島崎「はい、だから第8監房以降は2階じゃないですか?」


    指原「でも2階は看守の部屋と作業部屋があるって…じゃあどういうこと?しいちゃん達どこにいるの?」


    島崎「そういえばこの天井…妙に低いですよね」


    指原「あ、そっか。後から上と下に分けたのかも」


    島崎「え?どういうことですか?」


    指原「元々は1階だけだったものを、後から1階と2階に分けたんだよ。だから天井が低いんだ。看守の部屋は2階。囚人の部屋は1階だけど、正確には1階と1.5階に分けられているんだよ」


    島崎「じゃあ第8監房から先は1.5階になるんですね」


    指原「うん、たぶん」


    そう考えに行き着いた途端、不思議なもので圧迫感が漂い始める。


    指原「どうりで狭いわけだ」


    31 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:00:44.51 ID:oupraDg70
    島崎「でも狭いわりに…なんだか寒いですねこの部屋」

    指原「え?指原寒い?」


    島崎「あぁ違います違います。何だか隙間風が…」


    指原「あ、そういえば…。角部屋だからかなぁ」


    指原はそう言って、監房の中を見渡した。

    そうすることで隙間風が入って来る場所に見当がつけられると思ったのだ。

    指原「ここだ…」


    指原はそこで二段ベッド側の壁に切れ込みのようなものが入っているのを確認する。


    島崎「何ですかこれ」


    指原「さぁわかんないけど…ここから風が入ってくるみたい。とりあえず枕を立て掛けておこう」


    島崎「そうですね」


    しかしそうしたところで、鉄格子のほうからはひんやりとした通路の空気が伝わってきてしまう。

    2人は狭い部屋で身を寄せ合い、作業までの時間を待つことにした。

    32 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:01:33.47 ID:oupraDg70
    一方その頃、第13監房では――。

    板野「はるきゃん、床だと冷たいからこっち座りなよ」


    監房に入ってからほとんど会話のなかった板野と石田だったが、寒そうに震える石田を見かねて、板野のほうから声を掛けた。


    石田「あ、大丈夫です」


    しかし石田は気を使っているのか、冷えた床にあぐらをかいている。


    板野「寒いのもあるけど、まずちゃんと座りなって。足開かないで」


    板野には昔から、見た目にそぐわず妙に礼儀正しいところがあった。

    すべて両親の教育の賜物である。
    女の子があぐらをかいてはいけませんと、板野は小さい頃から厳しく育てられていた。

    石田「じゃあ失礼します」


    石田は渋々といった調子で、板野が座るベッドに腰を下ろした。

    二段ベッドの一段目は、普通に座ると頭をぶつけてしまう。
    自然と背中を丸めるような姿勢になってしまうが、床に座るよりはマシだろうと板野は考えていた。


    33 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:02:30.91 ID:oupraDg70
    板野「どうなっちゃうんだろうね…これから…」

    石田「さぁ…」


    板野の言葉に、石田は気のない返事を洩らした。


    ――まただ…。どうしてあたしはいつもこうなんだろう…。


    板野は妙に距離を取りたがる石田の言動が気になっていた。

    そしてそれは、すべて自分の見た目のせいだろうと考え、心を痛めた。
    このようなことは幼い頃から何度も経験している。
    しかし一向に慣れることはない。
    人から勘違いされる度、板野は傷ついてた。
    自分の見た目が、きつそう、怖そう、冷たそうなどと思われてしまうことはわかっている。
    そのせいで損をすることも多い。
    板野は自分が人から勘違いされやすい外見をしていることも充分承知していた。
    しかし話をすれば、たいていその誤解は解けるのだが…。

    ――はるきゃん、やっぱりあたしのこと苦手だと思ってるのかな…。


    石田もまた、先輩に媚を売るような性格ではない。

    正直すぎるその態度もまた、他人から見れば誤解されやすいのかもしれないが、そのぶん板野は石田のことを理解してあげられると思っていた。
    そしてそんな石田の性格に、好感を持っていた。
    だからこそ、この状況を2人で励まし合いたいと考えているのだが、それはなかなか時間がかかりそうだ。

    板野「頑張ろうね…はるきゃん…」


    今日のところはそっと声をかけるだけに留めて、板野は石田の具合を気遣ったのだった。 
    34 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:03:21.04 ID:oupraDg70
    【くじ引きによって決まった役割】

    ・囚人

    01房―岩佐、鈴木紫  02房―菊地、島田   03房―秋元、小林
    04房―高橋、山内   05房―渡辺、佐藤亜  06房―宮澤、仁藤
    07房―指原、島崎   08房―横山、中塚   09房―大島、仲俣
    10房―高城、鈴木ま  11房―仲川、増田   12房―小嶋、市川
    13房―板野、石田   14房―大家、前田亜

    ・看守

    前田、篠田、倉持、片山、多田、仲谷、松原、中田
    峯岸、梅田、藤江、内田、野中、松井、田名部
    柏木、北原、平嶋、宮崎、小森、近野、佐藤夏、佐藤す
    大場、永尾、阿部、入山、中村

    ・料理係

    河西、米沢、竹内


    36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 15:04:35.10 ID:mgW7nNyZ0
    11房はるごんとゆっぱいうるさそうだなぁw

    37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 15:04:59.00 ID:AuoWCqui0
    あの実験がモデルか。なんとなく怖い。続き楽しみにしてます!

    38 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:05:15.01 ID:oupraDg70
    一方その頃、厨房では――。

    河西「結構広ーい」


    河西は厨房を見渡し、感嘆の息を洩らした。

    先ほどまでの緊張も幾分和らいだようである。
    日頃から料理好きで、キッチンに立つことの多い彼女にとって、料理係になれたことは幸運だったのかもしれない。
    河西は物珍しげに大鍋や中華鍋を手に取り、すでに今日の献立について考えを巡らせていた。

    米沢「調理器具は…あ、ここだね。全部吊り下げられてる」


    米沢もまた河西を見習い、厨房の中を見て回る。

    菜箸やフライ返しの類はすべてシンクの上から吊るされ、手に取りやすいようになっていた。
    なかなか使い勝手の良さそうな厨房である。


    39 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:06:53.79 ID:oupraDg70
    竹内「食材は…ここですね。すごいですよ、いっぱいあります!」

    竹内は食料庫を見つけ、中を覗き込んだ。

    缶詰や乾物などが入った棚の隣には、家庭用の3倍はあろうかという大きさの冷蔵庫がどんと置かれていた。
    中にはぎっしりと肉や野菜が詰め込まれている。

    河西「メンバーの分全員の食事だもんね」


    河西は竹内の肩越しに食料庫を覗き、ため息をついた。


    河西「大丈夫かなぁ…どのくらいの量作ればいいか見当もつかないよ」


    厨房に入った時の興奮はすでに覚め、料理係としてのこれからに不安を持ち始めている。


    米沢「でもやるしかないよね。囚人と看守役になっちゃった子達はもっと大変だと思うもん。その分しっかりと栄養のあるごはんで、瑠美達がサポートしてあげなきゃ」


    河西「うん、そうだね!頑張ろう」


    米沢の言葉に、河西が大きく頷く。


    竹内「あの…それで言いにくいんですけど…」


    竹内がおずおずと口を開いた。


    40 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:07:49.77 ID:oupraDg70
    米沢「何?」

    米沢が首を傾げる。

    竹内は米沢の大きな目に覗き込まれ、少しの間もじもじとしていたが、やがて決心したように言った。

    竹内「美宥、お母さんのお手伝いをするくらいで…あんまり料理という料理は作ったことないんです。お菓子作りの経験ならあるんですけどぉ…」


    そうして竹内は申し訳なさそうに睫毛を伏せた。


    河西「だ、大丈夫だよ。包丁くらい使えるでしょ?」


    竹内「はい。でもたぶん河西さんや米沢さんと比べたら切るのは遅いと思います」


    米沢「あ、平気平気。瑠美達は料理するのが仕事で、それ以外は特に何も言われてないもん。調理時間はたっぷりあるんだから、ゆっくりやろうよ」


    竹内「はい、ありがとうございます」


    米沢に励まされ、竹内もまた元気を取り戻したようだ。

    いつもの可愛らしい笑顔を浮かべ、小さく頷く。


    41 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:09:06.06 ID:oupraDg70
    河西「それで、早速だけど今日の夕飯は何にする?」

    米沢「これだけ食材が集まっていると何でも作れちゃうぶん、献立決めるのに迷うなぁ」


    竹内「皆さんそれぞれ好き嫌いとかありますよね」


    3人はそこでしばらく頭を悩ませた。


    米沢「そういえば、まゆゆは野菜苦手じゃなかったっけ?」


    河西「あー、あの子そうだった!どうしよう…でもあっちゃんみたいに野菜大好きなメンバーも多いしなぁ」


    竹内「そうですね。美宥も野菜は好きなほうです」


    米沢「瑠美は基本何でも食べられるけど…」


    河西「あ、じゃあとりあえず今日はポテトサラダとパプリカの肉詰めにしようよ!あたし得意なんだー」


    竹内「へぇ、おいしそうですね」


    米沢「いいじゃんいいじゃん」


    河西「野菜は野菜でもじゃがいもならまゆゆだって食べられると思うし、肉詰めはまゆゆのだけパプリカに詰めないで、小さく丸めてミニハンバーグにするの」


    竹内「はい」


    米沢「オッケー!じゃあ早速下ごしらえ、始めちゃう?」


    河西「うん」


    竹内「頑張ります」


    42 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:09:38.29 ID:oupraDg70
    河西「美宥ちゃんお米研げる?」

    竹内「はい、それくらいならいつもお母さんのお手伝いでやってるので」


    米沢「じゃあ瑠美はひき肉持って来るねー」


    河西「あたしは…じゃがいもの皮むきから始めようかなー。一体何個使えばいいんだろう」


    米沢が冷蔵庫に手をかけると、河西はネットから次々とじゃがいもを取り出し、シンクの中に広げる。

    竹内はその様子を困ったように見つめた後、慣れない手つきで大量の米を計量し始めた。

    河西「美宥ちゃん、それ終わったらこっち手伝ってくれる?」


    竹内「あ、はい」


    こうして料理係としての役割を務めはじめた3人であった。


    44 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:15:39.16 ID:oupraDg70
    一方看守の部屋では――。

    前田「着替え終わったー」


    前田は看守の制服に袖を通し、満足気に鏡の前でチェックを始めた。

    元々は事務所か何かとして使われていたらしいその部屋は、隅にデスクやファイル、文房具の類が集められ、ずらりと二段ベッドが並べられている。
    反対の壁際にモニターとソファセットがある以外はがらんとしていて殺風景な印象だが、幸いなことに鏡だけは大きめのものが壁に設置されていた。
    身だしなみのチェックだけはまともに行えそうである。

    前田「サイズぴったりだったみたい」


    看守役のくじを引いた面々は、それぞれカーキ色の制服を見に纏い、腰には囚人の監房の鍵束をぶら下げている。


    峯岸「ねぇ、これは?」


    峯岸は看守の制服とセットになっていた腕時計を手に、首をかしげた。


    45 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:16:48.28 ID:oupraDg70
    藤江「スケジュール通りに動けるようにかな」

    峯岸「えー、でもこれなんか重たいし、つけたくないなぁ」


    藤江「うん」


    北原「とりあえずここに置いておく?」


    峯岸「そうしよそうしよ」


    峯岸が時計を机の上に放ると、北原と藤江も同じようした。

    その様子を見て、傍で着替えていた柏木が目を丸くする。

    柏木「ちょちょちょ…え?いいの?さっき放送でちゃんと制服を着るように言われなかったっけ?」


    峯岸「えぇー」


    峯岸はあからさまに不快感を表し、眉を寄せた。

    瞬間、柏木は困ったように視線を落とす。

    片山「え?何?みんな腕時計つけないの?片山もうつけちゃったんだけど。外そう」


    片山は2人の間に流れた不穏な空気に気付かず、つけたばかりの腕時計のベルトに手をかけた。

    しかしすぐに焦りを含んだ表情を浮かべる。


    46 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:18:21.97 ID:oupraDg70
    片山「え?え?何これどうやってつけたんだっけ?外れないんだけど」

    中田「またはーちゃんそんな…機械オンチにも程があるよ。まったくばばぁなんだから」


    中田はそんな片山の様子を呆れ顔で見守る。

    その時、何かに気付いた篠田が、壁際に置かれたモニターを指差した。

    篠田「あ、あれ見て!」


    篠田の示したモニターには、赤い文字が浮かび上がっている。


    【看守は与えられた制服を正しく着用してください。】


    峯岸「え?嘘見られてるの?」


    文面を確認した峯岸の顔色が変わる。すぐさま放り投げた腕時計を手に取ると、慌てた様子で装着し始めた。

    北原と藤江も腕時計を手に取る。

    47 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:19:16.41 ID:oupraDg70
    前田「ほんとだったんだ…あたし達の様子を監視しているって…」

    前田はそこで驚きの表情を浮かべた。

    心のどこかで、何かの番組の企画したドッキリか何かだろうと期待していたのだ。
    しかし着替えの様子まで監視されているということは、その期待が外れているのは明らかだ。
    そう気がついて、先ほどまで悠然と構えていた前田は、一気に絶望感に襲われた。

    ――誰がこんなこと企画したのかわからないけど、本当にあたし達ここに監禁されてるんだ…。一体これからどうなっちゃうの…?


    部屋にいるメンバーも全員前田と同じことに気がついたらしく、暗い表情を浮かべていた。

    佐藤すみれにいたっては、すでに泣き出しそうな顔で、目を潤ませている。

    野中「あ…」


    最後に腕時計を装着した野中が視線を上げた瞬間、モニターに映し出されていた文字が変わった。


    【本日分の作業パーツはすでに作業部屋に用意してあります。囚人を誘導し、作業を開始させてください。囚人は作業中、私語厳禁です。】


    48 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:19:57.51 ID:oupraDg70
    メンバー達が迷っていると、最年長らしく、篠田が先に動いた。

    佐藤す「篠田さん…」


    篠田「大丈夫だよ。指示に従っていれば、ここから出してもらえるよ」


    篠田が動いたのを見て、メンバーはのろのろと、しかしいくらかの希望を見出して重い腰を上げる。


    篠田「たかみながいないとどう仕切ったらいいかわからないな」


    篠田は誰にも聞こえない声で、ぽつりと呟いた。

    彼女は彼女で、これからの看守としての仕事に不安を抱えていたが、怯える年少メンバーがいる手前、それを表に出すことのないよう気をつけていたのだ。
    しかしふとした瞬間、やはり本音がこぼれてしまう。

    前田「麻里子…大丈夫?」


    誰にも聞かれていないと思っていたのに、前田にだけは気付かれてしまったようだ。

    前田は心配そうに眉を寄せ、篠田を見上げた。

    篠田「平気平気。うちらが何か変なことしたらみんなの解放が遅れちゃうじゃん。頑張ろう」


    篠田は無理に笑顔を作り、前田の肩を優しく叩いた。


    49 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:20:30.34 ID:oupraDg70
    数分後、作業部屋――。

    篠田「えーっとこの説明書によると、この吸盤を溶剤でこれにくっつけて、25個ずつ袋詰めしたらダンボールに重ねて入れてください…だってー。まぁあとは取りあえずやってみてから、適当に自分の感覚で」


    作業部屋に用意されていた大量のダンボール。

    その中には細かい部品と一緒に、作業工程を説明する紙が入っていた。
    篠田はそこに書かれた説明文を元に、作業について説明する。

    大島「あ、麻里子看守のリーダーになったの?」


    篠田「そんなんじゃないよ。優子とりあえず1個作ってみて」


    大島「うん」


    大島は篠田の説明通りに作業をはじめた。

    何事も器用にこなす大島らしく、パーツを見ながら感覚で組み立てていってしまう。


    50 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:21:13.93 ID:oupraDg70
    宮澤「え、優子すごーい」

    少し離れた席から宮澤が首を伸ばし、大島の手元を凝視した。

    囚人となったメンバーはテーブルに向かい合わせとなる形で着席している。
    その周りを看守役のメンバーが取り囲んでいた。

    大島「こんな感じ?」


    篠田「うん、いいと思う。じゃあこれを見本として真ん中に置くから、わからなかったらこれ見てやって」


    篠田は大島が組み立てたパーツをテーブルに置くと、作業開始の合図をするように、手を叩いた。


    高城「はーい」


    高城が小さく返事をした以外、囚人はすでに作業について口々に話し始めてしまう。


    市川「こうですか?小嶋さん合ってます?」


    小嶋「えぇー、あたしに聞かれてもわかんないよー」


    高橋「違う違う、反対だよ。だよね?優子」


    大島「そうそう」


    囚人達のお喋りに包まれた部屋の中、看守もまた近くの者同士、適当に会話を始めた。


    51 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:22:00.85 ID:oupraDg70
    前田「あたし達は何してればいいの?」

    篠田「見てればいいんじゃない?」


    峯岸「うちらの分の椅子は?看守ってずっと立ってなきゃいけないの?」


    篠田「わかんないけど、そうなんじゃない?」


    峯岸「えー、立ってるだけなんて逆に辛くない?やることなくて」


    峯岸は軽くストレッチをしながら、小さくあくびをした。


    前田「ねー」


    前田はしかし、これからのことを考えて不安を抱えたまま、峯岸のように指示された内容について文句を言う余裕はない。

    センターとしての重圧に耐えながら、心の中は傷つきやすく、実はネガティブ思考なのだ。
    ついつい今の状況を悪いほうへ考えてしまう。

    ――本当に今日からこんな生活続けるの?いつになったら解放してもらえるんだろう…。


    52 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:22:37.32 ID:oupraDg70
    そんな前田の隣で、峯岸もまた不安と絶望に打ちのめされていた。
    しかし前田のようにその心情を表に出せないのが、彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。
    周りから明るく優しいみいちゃんを期待されるあまり、どんどん本音を出せなくなっていた。
    今もまた、落ち込むメンバーを見て、わざと明るく振舞っているのだ。

    仲谷「なんか…内職みたい…」


    作業の様子を見ていた看守役の仲谷が、可憐な声を洩らす。


    田名部「内職?」


    隣に立つ田名部が、不思議そうに仲谷を見た。

    彼女にとって、内職という言葉はまったく聞きなれないものだった。

    仲谷「あ、あ、お母さんが昔、内職やってたから…」


    仲谷はなぜか、バツの悪い顔をして、下を向いた。

    その様子を見て、田名部はそれ以上訊くことをやめ、話題を変える。

    田名部「まゆゆ…囚人役になっちゃったんだ…」


    53 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:23:42.51 ID:oupraDg70
    田名部が見つめる先では、渡辺が真剣な眼差しで作業を続けていた。

    仲谷「大変そう。手伝ってあげたいけど…看守が作業を手伝ったら駄目なのかな…」


    田名部「これを全部終了時間までに組み立てて箱詰めしなきゃいけないんでしょ?この人数だけで終わるとは思えないけど…」


    仲谷「うん…」


    仲谷と田名部が見守る渡辺の横、そこではすでに作業に飽きた仲川が、何やら作業とは関係のないことに夢中になっている。


    仲川「うわーい、ドミノドミノー」


    増田「あかんやんそんなことしたら。みんなちゃんと作業してんねんから」


    仲川「だってただ作業してるだけじゃつまんないんだもん」


    増田「だもんじゃないやろ。ちゃんとせな…」


    その時、部屋のどこかから、悲痛な声が響いた。


    近野「痛っ…」


    54 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:24:52.25 ID:oupraDg70
    メンバーが一斉に声の主を探し、視線を走らせる。
    すぐに顔を歪める近野の姿が目に入った。

    藤江「どうしたの?え?大丈夫?」


    藤江が近野の駆け寄る。

    しかし彼女もまた、どこかに痛みを感じてうずくまってしまった。

    板野「何…どうしたの…」


    板野ら、囚人の目の前で、看守役となったメンバーが次々に痛みを訴え、苦痛の表情を浮かべる。


    『看守は看守の仕事を理解し、きちんと遂行してください。作業中は私語厳禁です。無駄話をしている囚人を見つけた看守は、すぐに注意をし、真面目に作業を行わせましょう』


    『注意しない場合、その看守は仕事放棄していると見なし、罰が与えられます。看守の付けている腕時計からは、罰として強力な低周波が流れます』


    55 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:25:31.25 ID:oupraDg70
    大島「そんな…じゃあみんなには今、低周波が流れて…」

    前田「痛い痛い…優子喋んないで」


    大島「ごめん…」


    柏木「亜美菜ちゃん、作業中は黙ってて」


    佐藤亜「ごめんねゆきりん。わかった、亜美菜これからは喋んないよ」


    囚人達はそれまで会話をしながら作業を続けていた。

    しかしそれはルール違反である。
    看守はそばにいる囚人に話をしないよう注意することで、低周波の痛みから逃れることができた。

    倉持「ちゃんと注意して、囚人の子が言うことを聞いてくれたら低周波が止まる仕組みなんだ…」


    倉持は感心したように言うと、腕時計の付いた左腕を擦った。

    賑やかだった作業部屋が、一気に静まりかえる。
    そんな中、いまだに低周波に苦しめられている看守がいた。

    大場「痛い痛い…マジでビリビリするこれ」


    57 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:26:04.29 ID:oupraDg70
    大場はすでに近くの囚人――仲川に私語を慎むようお願いしている。
    そして仲川もまた、増田らと話をしたい欲求をこらえて、口を閉じていた。
    それなのに、大場の腕時計からは低周波が流れ続けている。

    阿部「大場さん、何で低周波受け続けてるんですか?」


    阿部が無表情に問いかける。


    大場「わかんないよ…痛いこれ…嘘…外せない…」


    大場は滅茶苦茶に腕時計を引っかきはじめた。

    阿部はなぜかその様子を冷ややかな目で見つめている。
    年少ながら、あまり周囲の出来事に左右されない阿部からは、すでに大物の風格が漂っていた。

    『仲川さんは作業パーツでドミノをしています。作業中に遊ぶことを許されません。仲川さんの近くにいる看守はすぐに注意をし、やめさせてください』


    大場「あ、そうか…そうだったんだ…」


    大場はすぐに放送に従い、仲川にドミノをやめるようお願いした。


    大場「お願いしまうはるごんさん、それ、今すぐ崩してください」


    58 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:27:02.60 ID:oupraDg70
    仲川「えー、崩さなきゃ駄目なの?せっかくここまで並べたのに」

    大場「お願いします…痛い…痛い…」


    仲川はドミノと大場を見比べ、困ったように眉を下げた。


    篠田「はるごん…」


    見かねた篠田が仲川へ駆け寄る。


    前田「あ、麻里子駄目…!ごんちゃんに近寄ったらまた低周波が作動しちゃうかも…」


    前田が止めるのをよそに、篠田は仲川にもとへ行き、無言でドミノを崩した。


    仲川「あぁ…」


    仲川が慌ててバラバラになったパーツをかき戻す。

    その瞬間、大場は低周波が止まったようで、大きく安堵の息を吐いた。

    阿部「あ、止まったんですか。良かったですね」


    大場「ありがとうございます。篠田さん…」


    篠田「いいよ。はるごん、注意されたらすぐに従わなきゃ駄目だよ。じゃないと周りの子達が痛い思いすることになっちゃうから」


    仲川「はーい」


    59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 15:27:16.95 ID:e2VXfq/yP
    ドミノw

    60 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:27:30.31 ID:oupraDg70
    篠田に注意され、仲川はしょんぼりと肩を落とした。
    それからは皆、淡々と作業を続けた。
    しかし心の中は激しく動揺している。

    ――少しでも囚人であるあたし達がおかしなことをしたら、看守の子達に低周波が流されてまう…。ちゃんとしなきゃ…ちゃんと…。


    自分のミスで自分自身が罰を受けるのなら納得できる。

    しかし、今の場合、罰を受けるのは自分ではなく看守達なのだ。
    それもかなり強力な低周波…まともに立っているのも困難なほどの…。
    何もしていない看守を、自分のせいで苦しめるわけにはいかない。
    看守としても、自分以外のミスできつい罰を受けなきゃいけないなど、理不尽だろう。
    囚人となったメンバー達は、看守を苦しめることのないよう、気を引き締めて作業に向き合った。


    61 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:28:06.26 ID:oupraDg70
    作業終了後――。

    菊地「なんか大変だったね、作業」


    島田「そうですね。あたし達が喋っていたせいで看守の人達に低周波…。かなり迷惑かけちゃって…明日は気をつけないと」


    菊地「そうだね。自分のせいでとか、嫌だよね」


    島田「嫌というか、申し訳ないです。ほんと…」


    菊地「うん」


    第2監房では、同室の菊地と島田が先ほどの作業について話し合っていた。

    体育会系で責任感の強い島田は、自分達のせいで看守を苦しめる結果となったことに納得がいかず、強く反省している。
    一方菊地は、くじ引きで看守にならないで良かったと思いながら、適当に島田の話を聞き流していた。

    河西「はーい、夕飯ですよー」


    しばらくすると、料理係の3人がワゴンを押して監房の前にやって来た。

    格子扉の下のスペースから、食事の乗ったトレーを差し込む。


    62 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:28:47.20 ID:oupraDg70
    米沢「下からごめんね。まだあったかいからどうぞ」

    米沢は意識して口角を上げながら、囚人の2人に声をかけた。

    よほど作業がきつかったのか、菊地と島田は疲れた顔をしている。
    その様子を見て、心が痛んだ。
    そういう米沢もまた、慣れない大量の食事作りで疲労しているのだが、そんなことは顔に出さないよう気をつけている。

    菊地「あ、ポテトサラダだ!おいしそう!」


    米沢「ともーみちゃんが味付けしたから、おいしいよー」


    島田「すごいですね!河西さん可愛いだけじゃなくて料理も出来るなんて、ほんと尊敬します」


    島田は素直に河西へと羨望の眼差しを送る。


    河西「えー、そんなこと言ってもおかわりないよー」


    褒められた河西は、まんざらでもない笑顔を浮かべた。


    63 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:29:25.01 ID:oupraDg70
    竹内「あの、お箸にしますか?フォークがいいですか?」

    竹内はワゴンからそれぞれ箸とフォークを出し、菊地に訊いた。


    菊地「お箸!」


    竹内「あ、はい…」


    竹内が格子の隙間から箸を手渡す。


    島田「あ、あれ?美宥ちゃんどうしたの?」


    その時、島田が何かに気付いた。


    竹内「え?」


    島田「見せて。手…傷だらけじゃん。何があったの?」


    竹内「あ、これ…じゃがいもの皮をむいている時、包丁で切っちゃって…」


    島田「そんな…大丈夫なの?」


    竹内「平気だよ」


    島田「待って、あたし絆創膏持ってる」


    島田はそう言うと、ベッドの上に置いた鞄を探った。


    64 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:29:49.86 ID:oupraDg70
    島田「良かったよ私物持込みオッケーで。あたしいつも鞄に絆創膏入れてるんだ」

    すぐに目当ての物を見つけ出し、竹内に差し出した。


    竹内「ありがとう…はるぅ…」


    島田「うん」


    河西「良かったねー美宥ちゃん。探しても救急箱なくて…困ってたんだ」


    河西はほっと息をついて、竹内から絆創膏を取ると、丁寧に手当てをした。


    竹内「ありがとうございます。河西さん…」


    米沢「じゃあそろそろ隣の房行くね。まだ上の階にも配らないといけないし」


    菊地「あ、ありがとうございましたー。いただきます」


    島田「いただきます」


    島田は竹内の傷に心を痛めながら、感謝して食事に手をつけた。

    河西と竹内が作ったポテトサラダを、島田は今まで食べたものの中で一番おいしいと感じた。


    65 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:30:23.01 ID:oupraDg70
    30分後、看守の部屋では――。

    【本日懲罰房行きとなる囚人を1人決めてください。決まったら、その囚人の番号を入力し、送信ボタンを押してください。自由時間になった時点で、その囚人の名を発表します。】


    モニターには、話し合いを促す文字が点滅している。

    あらかた食事を終えた看守達は、ぽつぽつとソファに集まり、懲罰房行きとなるメンバーを誰にするか話し始めた。

    前田「やっぱりドミノの件があるし…ごんちゃん…なのかなぁ…」


    前田が周囲の様子を伺いながら、小声でこぼした。


    前田「でもみんなの前であれだけ注意されて…ごんちゃんすごく反省してると思うしなぁ…」


    平嶋「そうだね。それで今から懲罰房に入れられるなんて可哀想だよ」


    前田「うん」


    篠田「懲罰房の中がどうなっているのかもわからないし、初日にはるごんはやめておいたほうがいいと思う」


    篠田が静かな声でそう言うと、看守達は思い思いに頷き、その意見に同意した。



    66 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:31:21.39 ID:oupraDg70
    梅田「じゃあ誰にする?」

    前田「誰かなんて…決められないよ…」


    梅田「うん…」


    片山「でもそうは言っても決めないと、また低周波流されちゃうかも」


    峯岸「え、それはやだなぁ…」


    篠田「うーん…じゃあえーっと…こもりん、誰かいる?」


    小森「はい、見た感じ一番作業ペースが遅かったのはぱるるです!」


    北原「小森またそれ話盛ってない?ぱるるちゃん、ちゃんとやってたよ」


    小森「でも遅かった」


    篠田「だけどはるごん同様、初日からぱるるじゃ可哀想すぎるよね」


    内田「じゃあ同じく作業ペースが遅かった人といえば…さっしーですね」


    67 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:31:50.05 ID:oupraDg70
    多田「あー、遅かった遅かった。さっしー嫌ーい」

    多田が大げさなしかめ面をする。

    しかし方えくぼが目立つせいか、本人の思惑とは逆に、その表情は可愛らしいものになってしまう。

    田名部「そう言って愛ちゃん、実はさっしーのこと好きでしょ?」


    多田「嫌いだもん」


    松井「らぶたんかわいいよらぶたん」


    松井がちゃかすと、少しだけ部屋の空気が和んだ。


    前田「ゆきりそはどう思うー?」


    前田が無邪気に問いかける。

    柏木は焦ったように、目を丸くした。

    柏木「え?えーっと…」


    そう言って目線を上へ向け、考える仕草を見せる。


    ――そんなの決められるわけないし…決めたら決めたで色々面倒臭いことになりそうだから嫌だなぁ…。


    柏木は本音を隠し、愛想笑いを浮かべた。


    68 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:32:24.04 ID:oupraDg70
    柏木「えー、わかんない。でもさっしーだと必要以上にびびって周りの人まで怖がらせちゃうから、さすがに初日に懲罰房はちょっと…」

    柏木が恐る恐るそう言うと、前田は案外すんなりと同意した。


    前田「うん、そういえばそうだったね」


    北原「さっしーすぐ腰抜かしたとか吐きそうとか言うし」


    小森「大げさですよね」


    北原「おまえが言うなよ」


    小森「すみません」


    ここまでのやりとりを聞いて、篠田がまとめる。


    篠田「てことはやっぱり、懲罰房の中がどうなってるかわからない今、初日はへタレよりも打たれ強いメンバーを行かせたほうがいいってことかな?」


    篠田の言葉を聞き、メンバーは納得の表情を浮かべる。


    69 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:33:00.15 ID:oupraDg70
    梅田「じゃあやっぱり才加?」

    篠田「うーん…才加でもいいけど、あれで結構繊細だからなぁ…」


    提案したところで、篠田のほうでも誰を選んだらいいかわからないでいた。


    ――優子ちゃんでいいんじゃないかな…。しっかりしてるし。


    柏木はそう思ったものの、話がこじれて面倒臭くなるのが嫌で黙っている。

    話を振られないよう、目線を下へ向けていた。

    阿部「たかみなさん…」


    空気を読みすぎる柏木とは間逆に、阿部は思ったことをそのまま口にしてしまう。

    そして口にしたところで、本人に後悔の念は見えないところがまた恐ろしい。

    前田「え?たかみな?」


    阿部の言葉を聞き、思わず前田は立ち上がった。


    前田「なんでたかみななの?たかみなだってああ見えて女の子なんだよ?」


    峯岸「あっちゃん…それ微妙にひどい…」


    前田「え?あぁ…」


    70 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:33:43.15 ID:oupraDg70
    篠田「うん、でもみなみならこっちも安心できるかも。確かに涙もろいけど、やっぱり頼りがいあるし」

    篠田は阿部を気遣ってか、その意見に同意した。

    前田はしかし、納得がいかないようで、渋い顔をしている。

    前田「でも麻里子…たかみな結構怖がりだし…」


    篠田「いや、みなみの性格から考えても今日はこの決定をしておいたほうが良さそうだよ」


    前田「え…?」


    篠田「たぶんみなみ以外のメンバーを懲罰房行きに選んでも、みなみはそれに反対する。最初は自分が行くと言い張ると思う。そういう子だよ、みなみは…」


    篠田の言葉に、前田ははっと目を見開いた。

    確かに、その通りであった。
    責任感が強く、メンバー思いの高橋なら、目の前の危険にはまず自らが名乗りをあげるであろう。

    71 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 15:34:32.55 ID:oupraDg70
    前田「そう…だよね…。変に他の子を選んだりしたら、たかみな嫌がりそうだよね」

    篠田「でしょ?」


    前田「わかった。でも明日はたかみな以外のメンバーを選ぶようにしようよ」


    篠田「うん、もちろん」


    2人が言葉を交わしていると、それまで黙って話し合いを見守っていた中村がふっとため息をこぼした。


    中村「毎日誰を懲罰房行きにするか選ばなきゃいけないなんて…辛いな…」


    しっかり者といった印象のある中村だが、感受性が強く他人を思いやる気持ちが強い分、この話し合いはとても辛いものだった。

    人が苦しんでいる姿を見ると、いてもたってもいられなくなってしまうのだ。
    ましてやその苦しみに誰を突き落とすか決めるのは、看守である自分達。
    彼女にとって、これほどきつい選択はない。


    73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 15:53:03.57 ID:5tR+BTKv0
    遅かったさっしーでw

    74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 15:54:55.98 ID:BY71Rk6f0
    んなこといっても最終的に誰かを5回懲罰房にぶち込まないと終われないんだよな


    75 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 16:11:54.13 ID:/Pt7oAeUO
    篠田「え?」

    中村の呟きを、篠田は聞き逃さなかった。


    中村「あ、すみません…」


    中村はすぐに青い顔をして頭を下げる。


    篠田「そうだよね、辛いよね…。麻里子ちゃんにとったらほとんどが先輩なわけだし…」


    篠田は中村に駆け寄ると、その細い肩を抱いた。


    中村「ごめんなさい…」


    篠田「いいよ。明日からの話し合いについて、なるべく麻里子ちゃんが辛くならない方法を考えよう。大丈夫だから」


    中村「篠田さん…ありがとうございます」


    中村は涙を滲ませると、篠田に向かって何度も頭を下げた。


    76 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 16:16:36.28 ID:/Pt7oAeUO
    一方その頃、第7監房では――。

    指原「やった、もうすぐ自由時間だ」


    島崎「他の監房に遊びに行ってもいいんですよね」


    指原「そうだよそうだよ。この時間を待ってたんだ」


    指原が小さな掛け時計を見上げた時、サイレンが鳴った。


    島崎「え?うわぁ」


    格子に寄りかかっていた島崎が驚きの声を上げて飛びのく。

    サイレンと同時に、鍵がかかっていたはずの格子扉がガラガラと大きな音を立ててスライドした。

    島崎「開いた…」


    指原「え?自動で開くの?」


    島崎「そうみたいですね」


    77 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 16:19:38.69 ID:/Pt7oAeUO
    『これより1時間を自由時間とします。ただし、立ち入りを禁止されている区域には囚人は近寄らないようにお願いします。自由時間終了前には自分の監房へ戻っていてください』

    音声が流れる。

    指原はおそるおそるドアに近づき、頭だけを通路へ出してみた。
    すると、同じく様子を窺って顔を出した他の監房のメンバーと目が合う。

    指原「もう出てもいいみたい…」


    通路の様子を見た指原は、島崎を振り返った。

    格子扉で擦ってしまったらしい島崎は、痛そうに背中をさすっている。
    通路ではすでに第1監房の岩佐と鈴木が出てきて、ちょろちょろと歩き始めていた。

    指原「大丈夫?指原これからしいちゃんと亜美のとこ行くけど、ぱるるも一緒に行く?」


    島崎「あ、あたしははるぅのところに…」


    指原「そっか、じゃあまた後でね」


    島崎「はい」


    指原が監房を出ようと一歩踏み出した瞬間、またしても音声が流れた。


    78 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 16:23:00.77 ID:/Pt7oAeUO
    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第4監房の高橋みなみさん、これから看守が迎えに行きます。監房から出ずにお待ちください』

    指原「え…たかみなさんが…?」


    驚いた指原は、その場に固まった。

    上から階段を下りてくる足音が聞こえてくる。
    先ほどのように首だけ通路に出して様子を窺うと、第4監房の前に前田と峯岸が立っているのが見えた。

    前田「たかみなー?ごめんね、迎えに来たよ」


    高橋「あっちゃん…みぃちゃん…」


    高橋の声が聞こえた同時に、その姿が通路に現れる。

    高橋は驚きと、これから何が行われるのかわからない恐怖とでしきりに視線を泳がせていたが、指原と目が合うと無言で頷いてみせた。
    指原を安心させるためにした行為であったが、それでも指原は不安げに前田と峯岸に挟まれて歩く高橋を見つめている。

    79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 16:39:09.42 ID:OpOs3CmsO
    え、面白いwww

    82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 16:46:14.36 ID:9IDgg4Uf0
    続き期待

    83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 16:49:37.08 ID:VvWsRexy0
    たかみながんばれ!

    84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 16:52:30.34 ID:FdDpHTWR0
    ドイツ映画で監獄実験を元にした映画あったよね
    esだっけ


    85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 17:03:38.05 ID:BY71Rk6f0
    >>84
    そうだよ

    86 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:05:34.37 ID:oupraDg70
    指原「何でたかみなさんが…」

    高橋はうつむき加減でゆっくりと通路を歩いてくる。

    指原と島崎のいる第7監房の前まで来ると、体の向きを変え、奥へと続く通路を歩いて行った。
    その先にあるのは重々しい鉄の扉。
    前田がその扉を開けると、高橋は二言三言言葉を交わし、素直に部屋の中へと入って行った。
    指原の位置からはその様子を見ることができる。
    懲罰房は、第7監房の正面に位置していたのだ。
    扉の隙間から部屋の中の様子を窺おうとしたが、暗くて確認することができない。
    一体あの中に何があるのか。
    高橋は懲罰房の中で、これからどんな過ごし方を強要されるのか。

    高橋に続いて前田と峯岸が部屋の中へと入って行く。

    しかし2人はすぐに部屋の外に出て来た。
    青い顔をして、足早に立ち去っていく。
    声をかけようとした指原だったが、その様子にしり込みして、結局何も訊くことができなかった。

    ――さっきの前田さんとみぃちゃんの様子…尋常じゃない…。たかみなさんはあの部屋の中で何をされているんだろう…。


    87 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:06:32.94 ID:oupraDg70
    指原はすでに自分がいつかは懲罰房へと入れられると覚悟している。
    特に器用でも、作業が速いわけでもない自分は、きっと近いうちメンバーの足を引っ張り、懲罰房行きを言い渡されることだろう。
    だからこそ、懲罰房の中がどうなっているのか、今から気になっていた。
    島崎も指原と同じことを考えていたのか、言葉を失ってただただ懲罰房の扉を凝視していた。

    指原「嫌な予感がする…。指原こういうの当たるんだ。ネガティブの勘てやつだよ」


    島崎「はい…。一体あの中はどうなっているんでしょう」


    指原「わからないけど、すごくまずい気がする。たかみなさん…大丈夫かな…」


    島崎「……」


    指原は監房から出ると、辺りの様子を窺いながら、懲罰房へと続く通路を進み始めた。

    これが他の監房であったのなら、見ない振りができただろう。
    余計な考えを起こすこともなかっただろう。
    しかし、懲罰房はよりによって自分のいる第7監房のまん前なのだ。
    気にするなというほうが無理な話である。
    指原は懲罰房の扉の前まで来ると、そっと聞き耳を立てた。
    そこで終わりだと思っていた通路は、まだ横へと延びている。
    自分のいる建物が、コの字形をしていたことに指原は初めて気がついた。
    横に伸びた通路の沿って、さらに同じような鉄のドアが3つ続いていた。
    どうやら懲罰房は全部で4つあるらしい。

    88 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:07:09.12 ID:oupraDg70
    指原「……」

    相当厚さのある設計なのか、中からは何の音も拾うことができない。

    それでも指原は辛抱強く、扉の前で耳を澄ませていた。

    ――たかみなさん…そんな…ひどいこと…されてませんよね…?


    指原が心の中で、懲罰房の中の高橋に呼びかけていた時、背後で靴音が聞こえた。


    指原「ひぃっ…」


    声にならない声を洩らす。

    振り返ると、そこにいたのは慣れ親しんだ後輩の顔だった。

    小森「何やってるんですか?」


    89 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:08:05.85 ID:oupraDg70
    小森は腰にぶら下げた鍵束が気になるのか、右手でいじくりながら指原に問いかけた。
    小森の顔を見た瞬間、指原は安堵のためか急に足の力が抜け、その場にへなへなと座りこんだ。

    指原「何って…やっぱり気になるじゃん。小森こそどうしたの?」


    小森「自由時間だって聞いたから、遊びに来たんですよ」


    指原「あ、そっか。囚人同士じゃなくても、自由時間なら看守も遊びに来れるんだ」


    小森「そうみたいですよ。たぶん。えーっとそうですねぇ…特に何も言われてないんですけど」


    指原「え?」


    小森「あれ?何の話でしたっけ?あ、そうだ指原さん、ラジオ持ってます?」


    指原「ラジオ?持ってないよ。何で?」


    90 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:09:07.16 ID:oupraDg70
    小森「ほら、看守の部屋ってテレビ見られないじゃないですか」

    指原「ほらとか言われても知らないよ」


    小森「今日プロレス中継があるんですよ。ラジオで聞けないかなーって思ったんですけど」


    指原「え?」


    小森「持ってないですか。そうかぁ…残念ですね」


    小森ががっくりと肩を落とした時、指原が弱々しい叫び声を上げた。


    指原「ひぃっ…」


    小森「え?どうしたんですか?おなか痛いんですか?」


    指原「違うよ。今なんか指原の足に触った!」


    小森「え?ゴキブリですかね」


    指原「ひぃぃぃやだやだやだやだやだ…」


    指原が血相を変えてその場から飛びのく。


    91 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:10:07.03 ID:oupraDg70
    小森「大丈夫ですか?」

    指原「大丈夫じゃないよ。監房なんて格子扉だからゴキブリなんてすぐ入ってきちゃうじゃん!……あれ?」


    指原は鳥肌の立った足をぴくぴくと動かした。

    その時、床の上の意外なものに気付く。

    指原「これは…」


    拾い上げる。

    それは、もう何度も目にしたことのあるリボンだった。

    指原「たかみなさんの…リボン…何でここに…?」


    指原はゴキブリのことなどすっかり忘れて、リボンの落ちていたあたりに屈みこんだ。

    すると、懲罰房のドアの下にわずかな隙間があることに気付く。
    そこから中の様子を窺おうとするも、やはり暗くてわからなかった。

    92 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:11:09.08 ID:oupraDg70
    小森「リボン?どうしたんですかね」

    小森が小首をかしげる。


    指原「たぶん、このドアの下の隙間から出て来たんだ…。たかみなさん、何があってもリボン外さないはずなのに、なんで…」


    指原の背すじに、冷たいものが走った。

    懲罰房の中で、何かが行われている。
    それはリボン好きの高橋が、そのリボンを構っていられなくなるほどの事態…。

    指原「どういうこと…?」


    リボンを持つ指原の手が震えた。

    小森は何か言おうとして口を開き、それからすぐに苦痛に顔を歪め、しゃがみこんだ。

    小森「……つっ…」


    腕時計を付けた小森の腕が、激しく痙攣する。


    指原「小森!」


    指原が小森に駆け寄ろうとした時、耳障りなサイレンが鳴り響いた。


    93 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:11:49.17 ID:oupraDg70
    『立ち入り禁止区域にいる囚人がいます。見つけた看守はすぐに注意し、その囚人を立ち入り禁止区域の外へ出してください。懲罰を受ける囚人以外、懲罰房へ近づくことは許されません』

    指原「これって…指原のことだ…」


    指原が呟いた。


    小森「指原さん、すぐに懲罰房から…離れてください…」


    強度な低周波で息も絶え絶えになった小森が、声を振り絞る。

    指原はすぐに今来た通路を掛け戻った。
    第7監房の前まで来ると、背後を振り返る。
    うずくまっていた小森は、低周波が止まったらしく、ふらふらと立ち上がるところだった。
    それから小森は指原の視線に気付き、頬をふくらませて珍しく機敏な動作でこちらまで歩いてきた。

    指原「小森…ごめんね…」


    指原が下唇を噛んだ。

    困った時や追い込まれた時に出る彼女の癖だ。


    94 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:12:31.00 ID:oupraDg70
    小森「大丈夫です。でももう嫌ですよこんなの…ほんと痛いこれ、もうやだ…くぅーん…」

    小森はそう言うと、腕時計を叩きながら泣き出してしまった。


    指原「え?指原のせいだよね?ごめんよごめんよぉぉ」


    指原は慌てて小森の頭に手を伸ばした。

    小森は自分より背の低い先輩に頭を撫でられながら、しゃくり上げている。
    その様子を、どうしたらいいものかと島崎は悩みながら見守っていた。
    やがて、騒ぎを聞きつけた大家と亜美が階段を駆け下り、第7監房までやって来た。
    2人は第14監房にいたため、真下に位置する第7監房の声がよく届いたのだろう。
    やって来た大家に慰められ、小森はようやく笑顔を取り戻した。
    そのようなことがあり、指原は懲罰房の前で拾ったリボンについて、その他の囚人達に打ち明けることが出来なかった。
    自由時間と点呼が終わり、眠りにつく前、島崎にだけはリボンのことを話しておこうと考える。
    しかし怖がりの島崎にいらぬ心配はさせてはいけないと気付き、結局黙っておくことにした。
    リボンは枕の下に隠す。
    明日、高橋が懲罰房から出て来たら、返すつもりだ。


    95 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:13:22.45 ID:oupraDg70
    《2日目》

    朝食を終えると、囚人達は昨日同様、作業部屋へと連れて行かれた。

    その中に、高橋の姿はない。
    次の懲罰房行きの囚人が決まるまで、出してもらえないルールなのだ。
    つまり、高橋は今日の自由時間が始まるまで、引き続き懲罰房で過ごさなければならない。

    板野「たかみな大丈夫なの?懲罰房ってどうなってた?」


    板野は作業開始前、隙を見てそっと前田に尋ねてみた。

    前田は曖昧に頷くだけで、肝心のことは教えてくれない。
    しかし板野は、前田の表情から、懲罰房の中で恐ろしいことが行われていることを悟った。
    昔から前田は考えていることが顔に出やすいのだ。
    長い付き合いの板野は、彼女の表情パターンについては熟知していた。


    97 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:18:57.38 ID:/Pt7oAeUO
    篠田「時間だ。じゃあ説明通りやってください」

    篠田の声で、作業が開始される。

    昨日と同じく、細かい組み立て作業だった。
    高橋が抜けたせいですっかり元気をなくした囚人達は、お喋りをする余裕もなく、皆無表情で作業をこなしていく。
    いつも元気な仲川でさえ、今日は動きが緩慢で、彼女の長所である溌剌さをうかがうことはできない。

    仲川「……」


    高橋のことが心配だ。

    しかし考えると、ますます不安になってしまう。
    囚人達が作業に集中しているのは、余計なことを考えたくないという現実逃避が影響しているのかもしれない。
    そのお陰なのか、作業は順調に進み、午後になるといくらか終了の見通しが出て来た。

    前田「今日は低周波流されないで済みそうだね」


    前田は複雑な気分で、しかしほっと安堵の息を洩らした。


    峯岸「ね、もうあんな痛い思いしたくないよ」


    前田の言葉に、峯岸が同意を返したその時だった。


    98 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:21:22.97 ID:/Pt7oAeUO
    柏木「ちょちょちょ…痛い痛い痛い…」

    柏木が大げさにのたうち回った。

    続いて柏木の傍にいた片山が、苦痛に顔を歪める。

    片山「痛い…」


    『作業中は私語厳禁です。私語を発した囚人がいます。看守はすぐに注意してください』


    ここへ来て、突如放送が流れる。


    前田「え…?誰か喋ったっけ?」


    前田はきょろきょろと視線を動かした。

    柏木と片山は依然として低周波の痛みに苦しんでいる。
    さらには2人の近くにいた北原にまで低周波の痛みは及んでいた。
    囚人達も作業の手を止め、互いに窺うような表情を浮かべている。


    100 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:24:25.87 ID:/Pt7oAeUO
    柏木「ちょっ…誰だかわからないけど今喋った人、作業中はお喋りしないでください。お願いします…」

    柏木はそれだけ言うと、その場に倒れこんだ。


    篠田「ゆきりん大丈夫?」


    柏木「ハァ…ハァ…だ、大丈夫です…もう止まったみたい…」


    柏木は篠田のほうに顔を向けると、腕時計を付けた辺りをしきりに擦った。

    片山と北原もどうやら低周波の痛みから解放されたようだ。

    篠田「誰だろう…喋ってた人っていたかなぁ…」


    篠田が不思議そうに首をかしげる。


    片山「誰ー?片山達の近くにいた人でしょ?菊地?」


    片山が険しい目を菊地に向けた。

    菊地は慌てて首を激しく横に振る。

    前田「でも…誰の声も聞こえなかったのに…」


    101 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:27:56.20 ID:/Pt7oAeUO
    峯岸「低周波が誤作動したってことかな?」

    前田「そんな…」


    柏木ら3人の近くにいた囚人は、みんなびくびくと肩をすぼめ、動向を窺っていた。

    こうなると全員が怪しく見えてくる。

    篠田「たぶんすごい高性能のマイクで音拾ってるんだよ。ちょっと独り言呟いただけでも声を拾われて、ルール違反だと見なされちゃうんじゃないかな?」


    篠田が珍しく冷静に分析した。


    前田「怖いね」


    前田が眉間に皺を寄せる。


    宮崎「え?で?誰なんですか?喋った人」


    宮崎は悪気のない瞳で辺りを見回した。

    単純な好奇心から出たこの発言が、事態を犯人探しへと発展させてしまうなど、予期していなかったのだ。


    102 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:32:35.17 ID:/Pt7oAeUO
    峯岸「そうだね。今後のことも考えて、こういうのははっきりさせておいたほうがいいよ。今喋ってた人、名乗り出てー?」

    峯岸が声をかけるが、当然囚人達の中に手を挙げる者などいない。


    峯岸「誰もいないの?他の子が可哀想だから喋ってた人正直に名乗り出てくださーい」


    峯岸は相手が名乗りやすいよう、わざと軽い調子でもう一度声をかけた。


    囚人「……」


    篠田「どういうこと…?」


    篠田が呟く。

    前田は不安そうに篠田と峯岸を交互に見つめた。
    作業部屋の空気は重苦しいものとなり、囚人達は皆目を伏せている。

    内田「お互いに庇い合うのも、相手のために良くないですよね」


    内田が正論を呟いた。

    しかし今の状況で誰も正論など求めていないのは明らかだ。
    なるべくなら面倒なことに関わりたくない。
    そう思うのが普通だろう。
    作業部屋は水を打ったように静まりかえった。


    103 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:36:54.94 ID:/Pt7oAeUO
    石田「庇ってるんじゃない。チクりという行為自体が好きじゃないんでね…」

    長い沈黙を破ったのは、石田の呟きだった。

    看守が名乗り出るよう言っている今、囚人が何か発言しても低周波は流れないらしい。

    板野「はるきゃん誰が喋ってたか知ってるの?」


    石田「……」


    板野は思わず隣に座る石田に顔を向けた。

    石田はすでにだんまりを決め込み、仏頂面で腕組みをしている。

    内田「チクりじゃないと思うよ。誰だか知ってるなら教えてよ」


    石田「相手のために良くないと思うのなら、本人に名乗らせたほうがいいんじゃないの?第三者が犯人はこいつだあいつだなんて言うより、そのほうがよっぽど犯人の今後のためになるでしょ。だからあたしはチクりはやらないんだよ」


    石田が淡々とそう語ると、松井が歓声を上げた。


    松井「はるきゃんロックだねー」


    石田「うるせー」


    石田の話が終わると、梅田が静かに口を開いた。


    104 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:39:01.08 ID:/Pt7oAeUO
    梅田「はるきゃんもそう言ってるし、今ここで誰が喋ってたかはっきりさせなくてもいいんじゃない?今はとにかく作業しないと、時間内に終わらないよ」

    藤江「あ、そういえばそうだね」


    峯岸「えー、じゃあしょうがない。喋ってた人、こっそりでいいから後で看守に教えてね」


    峯岸がそう言ってその場をまとめると、囚人達はまた作業に戻っていった。


    阿部「なんか今の言い方、学級会みたい」


    峯岸の発言に向けて、阿部が呟こうとしているのに気付き、大場は慌てて阿部の口を塞いだ。


    105 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:42:20.59 ID:/Pt7oAeUO
    作業終了後、看守の部屋――。

    前田「ごはんまだかなぁ」


    峯岸「夕食まで暇だねー」


    看守の部屋では、ソファに座った前田と峯岸が雑談を交わしていた。

    話題は自然と、先ほどの作業で喋った人物だ誰だったのかに及ぶ。

    峯岸「結局誰も名乗り出なかったね」


    前田「あ、ゆきりそ達大丈夫だったかなー。低周波」


    ちょうど2人の目の前を、北原が横切った。

    峯岸は北原を呼びとめて尋ねる。

    峯岸「さっき低周波大丈夫だった?」


    北原「あ、もう全然。平気平気」


    そう言って笑う北原だったが、低周波という言葉を聞いて若干笑顔がひきつったのを峯岸は見逃さなかった。

    無駄に大きな目はしていない。


    106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 17:44:09.05 ID:dYrsDbgQ0
    >無駄に大きな目はしていない。
    余計なお世話だw

    107 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:45:11.63 ID:/Pt7oAeUO
    峯岸「きたりえはああ言ってたけど…ゆきりんもあれから元気ないし…」

    北原が立ち去った後、峯岸はそう言って少し離れた場所に座る柏木の様子を窺った。

    柏木は疲れたのか、宙を見つめてひとり黙り込んでいる。
    誰かに話しかけられれば笑顔で答えるものの、ひとりになるとずっとその調子だ。

    前田「やだなぁ低周波…」


    峯岸「こうなっちゃうともう、悪いけど囚人の子達のこと信用できないよね」


    前田「え?」


    峯岸「だって痛い思いするのはあたし達看守なんだよ?囚人の子達はそこんとこわかってないよ。実際に低周波受けてないから、なんでも軽く考えてるんだよ」


    前田「え…そんなことないと思うな…」


    峯岸「そう?あっちゃんだって自分は何も悪いことしてないのに低周波くらうなんて嫌でしょ?」


    前田「うん、やだ…」


    108 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 17:47:31.11 ID:/Pt7oAeUO
    峯岸「でしょ?もうちょっと囚人の子達には真剣に取り組むよう言ったほうがいいよ。あっちゃんだったらそれくらいみんなに言ってもいいと思う」

    前田「え?あたしが言うの?みんなに…?」

    峯岸「うん」

    前田「やだよー。そんなこと言ったらみんな怒っちゃうかもしれないじゃん。なんで?」

    峯岸「だってあたしが言うよりあっちゃんが言ったほうが…ほら…ねぇ?」

    前田「え?」

    前田は峯岸の言おうとしていることがわからず、首をかしげた。
    その様子を見て、峯岸は言葉を引っ込める。

    109 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:50:00.40 ID:oupraDg70
    前田「あ、これゲームあるよー。みぃちゃんゲームしよゲーム」

    前田はすぐに話題を変えて、モニターの下からゲーム機をひっぱり出してきた。

    前田「このモニターに繋いでいいのかな?すごーい大画面でゲームだー」

    無邪気な前田の様子に、峯岸は束の間怒りを忘れた。
    そしてすぐにゲームに夢中になってしまう。

    前田「ゆきりそも一緒にやろうよー。テニスゲーム。ゆきりそテニス部だったんでしょ?」

    柏木「えぇ?ちょちょちょ、誰もそんなこと言ってないし」

    前田「えぇー?じゃあ誰だっけ?テニス部だった人」

    110 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:51:12.43 ID:oupraDg70
    一方その頃、第1監房では――。

    岩佐「どうしよう…」

    岩佐はそう呟き、肩を落とした。

    岩佐「このまま黙っててもいつかはあたし達が作業中喋ったことバレちゃうのかなぁ…」

    鈴木紫「やっぱり名乗り出たほうがいい?」

    それはちょっとした気の緩みだった。
    黙々と作業を続け、ようやく終わりが見えて来たという安堵感。
    2人はそっと、お互い励ましあう言葉をかけただけだった。
    誰にも聞こえていないと思っていた。

    ――まさか、あんな呟きでさえマイクで拾われちゃうなんて…。

    岩佐と鈴木は、自身の軽はずみな行動を激しく後悔していた。

    111 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:52:10.33 ID:oupraDg70
    岩佐「だけどあんな犯人探しするみたいになっちゃって…今更喋ったのはあたし達でしたなんて言えないよ」

    鈴木紫「でもはるきゃんにはバレてるみたいだったし。このままはるきゃんが黙っていてくれるとも限らないし…」

    岩佐「だったら紫帆里ちゃん、今から看守の人に名乗れる?こういうのって時間が経てば経つほど罪が重くならない?きっとすっごい恨まれるよ」

    鈴木紫「確かに…。低周波、かなり痛いみたいだし」

    岩佐「でしょ?どうしよう…やっぱりこのまま知らないふりして…」

    鈴木紫「でも…もしバレた時…」

    岩佐「バレっこないよ。はるきゃんがチクるわけないし」

    鈴木紫「う、うん…」

    岩佐「やっぱりこのことは2人だけの胸にしまっておこう。明日から気をつければいいんだよ」

    岩佐がそう言うと、鈴木は渋々といった感じで頷いた。

    ――今日のことで、険悪なムードが続かなければいいんだけど…。

    112 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 17:52:54.69 ID:oupraDg70
    鈴木は自分が責められる以上に、囚人全員が看守から信用を失くしてしまうことを恐れていた。
    低周波を受けるのは看守であり、自分達が痛い思いをすることはない。
    しかし、懲罰房行きとなる囚人の決定権は看守にあるのだ。
    このまま険悪なムードが続けば、もはや次に誰が懲罰房行きを言い渡されてもおかしくない。

    ――懲罰房に入った囚人は、どうなるのだろう…。

    そして鈴木はまた、昨日から懲罰房の中にいる高橋のことも心配していた。

    鈴木「たかみなさん、何もなければいいね…」

    鈴木が呟くと、岩佐も気がついて、神妙な面持ちで頷いた。

    『これより一時間を自由時間とします』

    昨日と同じ放送がかかる。
    格子扉が勢いよくスライドし、通路へ出入り可能となる。

    鈴木「いよいよ発表だね…」

    鈴木は祈るように瞳を閉じた。

    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第10監房の鈴木まりやさん、これから看守が迎えに行きます。監房から出ずにお待ちください』

    113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 17:55:19.36 ID:W0sVRMrwO
    これは長そうっスね

    114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 17:56:58.24 ID:mF9inzyA0
    この実験て確か途中で中止になったんだよね?

    115 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:02:11.36 ID:oupraDg70
    数分後、第7監房――。

    指原「まりやんぬ…」

    指原は格子扉に指をかけて、懲罰房を見つめた。
    宮崎と小森に連れられ、鈴木まりやが懲罰へ入れられる。
    そして入れ違いに、高橋が解放され、懲罰房の外へ出てくるのが確認できた。
    高橋は通路をふらふらと、時折強く頭を叩いたり、壁にぶつかりながら歩いてくる。
    いよいよ第7監房の前までやって来た時、指原は思い切って声をかけた。

    指原「たかみなさん大丈夫ですか?」

    しかし高橋はそんな指原の言葉を無視して、通り過ぎてしまった。

    指原「あの…たかみなさーん、たかみなさんリボン…あぁ行っちゃった…」

    高橋は虚ろな目をして、自分の監房へと入って行ってしまう。

    島崎「えっと、行きますか?」

    島崎が声をかけると、指原は無言で首を振った。

    116 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:02:50.32 ID:oupraDg70
    指原「いいやまた後にする…。たかみなさんなんだか疲れてるみたいだったし…」

    島崎「そうですか…」

    島崎は表情を曇らせ、うつむいた。

    指原「じゃあ指原、あきちゃが心配だから行ってくるね」

    指原は気を取り直して、高城のいる第10監房へ行くことに決めた。
    同室であるまりやが懲罰房へ入れられた今、高城は不安を抱えているかもしれない。
    指原は階段に向かって歩き出した。
    第10監房は上の階にある。

    117 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:03:37.06 ID:oupraDg70
    一方その頃、第4監房では――。

    高橋「ふぅ…」

    高橋が戻った時にはすでに、同室の山内の姿はなかった。
    きっとどこか別の監房へ遊びに行ったのだろう。

    ――らんらんがいなくて良かった…。

    頬に手を当てれば、明らかに自分の顔が昨日よりこけていることに気付く。
    懲罰房から出て来たばかりの自分のこんな姿を、もし後輩の山内に見せたら、ひどく動揺させてしまうことだろう。
    出来るだけ山内には、いらぬ心配をかけさせたくなかった。
    なるべく深いショックを受けないまま、この監禁生活が終わってくれればと思っている。
    こんなひどい目に遭うのは、自分だけで充分だ。

    ――だけど、まりやんぬが懲罰房へ入れられてしまった…。きっとすでに今頃は、あたしと同じ目に遭って…。

    高橋はそう思い、激しく自分の頭を叩いた。
    さっきからずっと、平衡感覚がおかしい。

    118 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:04:56.05 ID:oupraDg70
    高橋「きっと…あれのせいだ…」

    おかげで高橋は昨日から眠れずにいた。
    だからといって、今から眠りにつくことも無理そうだ。
    まだ、気持ちを落ち着けることができない。
    ふと視線を上げると、目の前には大島と宮澤、秋元が立っていた。
    驚いた高橋は、一瞬びくりと肩を震わせ後ずさった。
    3人はいつの間に来たのか…。

    大島「たかみな戻ったって訊いたから。大丈夫?」

    大島が労わるような笑顔を浮かべ、問いかけた。

    高橋「……」

    しかし高橋はきょとんとした顔で大島を見つめるばかりで、何も言わない。

    秋元「たかみな…?」

    秋元が少々乱暴な手つきで高橋の方を揺する。
    高橋の体ががくがくと前後した。

    宮澤「たかみなどうしちゃったの?大丈夫?」

    宮澤が心配そうに高橋の顔を覗き込んだ。

    高橋「ごめん、よく聞こえない」

    高橋はようやくそれだけ発すると、悲しげに目を伏せた。

    119 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:06:03.20 ID:oupraDg70
    大島「聞こえ…ない…?どういうことなのたかみな?」

    高橋「水の中に潜ってるみたいな感じ。音が遠いんだよ」

    高橋の声は妙に大きい。
    怒鳴るようにして言った。

    秋元「え?ちょっ、声でかいよ」

    秋元がなぜか焦ったように言う。

    高橋「ごめん、自分の声もよく聞こえないんだ。たぶん、懲罰房に居たせいだと思う」

    高橋が苦しげにそう告白すると、大島達は言葉を失った。
    懲罰房の中で、一体何が行われていたのか…。
    高橋は声量を調節しながら、ゆっくりと語りはじめた。

    高橋「懲罰房の中ではずっとヘルメットを被せられてたんだ。それはヘッドフォンみたいになってて、延々大音量で音楽が流れてる」

    高橋「ヘルメットを外したくても、自分じゃ取れなくて…眠りたくても音楽がうるさくて全然眠れないし…部屋の中はずっと真っ暗だし…本当…あれは地獄だよ…」

    120 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:07:20.25 ID:oupraDg70
    一方その頃、第10監房では――。

    指原「あきちゃ大丈夫?」

    高城「あ、さっしー」

    同室の鈴木まりやが懲罰房へ連れて行かれ、落ち込む高城のもとへ、指原が顔を出した。

    指原「まりやんぬ…大丈夫かな…」

    指原は先ほど懲罰房から出て来たばかりの、高橋のやつれた表情を思い出していた。

    高城「懲罰房ってどういうところなんだろ?」

    指原「たかみなさんの様子だと…やっぱりひどいところみたい」

    高城「え?そんな…」

    指原「指原もよくわかんないけど、あんな元気のないたかみなさんを見たのは初めてだったよ…。声をかけても、耳に入っていないみたいだった」

    高城「まりやんぬちゃん…」

    指原「大丈夫、まりやんぬはしっかりしてるし、平気…だよ…たぶん」

    指原は徐々に声を落としながら、それでも高城を元気づけようと言った。
    その直後、懲罰房の恐怖と不安に押し潰されそうになっているのは自分のほうだと気付く。
    高城はまりやを心配しながらも、指原よりは落ち着いているようだった。

    121 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:08:56.10 ID:oupraDg70
    高城「まりやんぬちゃんが連れて行かれて…亜樹は今日この監房で1人で寝なきゃいけないみたい。怖いな…」

    しかし高城も指原の恐怖が伝染したのか、寂しそうに言った。

    高城「1人で眠れるかな…」

    指原はもし島崎が懲罰房に入れられてしまったらと考えてみた。
    そうなったら、自分はやはりあの監房で1人夜を明かさなければならない。
    話し相手も、不安を慰めあう相手もなく、ひとりぼっち…。
    高城の気持ちは容易に理解することが出来た。

    指原「だったらあきちゃ、今日指原達の監房で寝なよ。指原のベッドで一緒に」

    高城「え…?でも、大丈夫かな?」

    122 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:10:08.49 ID:oupraDg70
    指原「ぱるるだって指原と2人じゃ不安だろうし、あきちゃが来てくれたほうが喜ぶよ。2人よりも3人!くっついて寝れば怖くないし」

    高城「さっしー…ありがとう…」

    指原「いいよ。その代わりぱるるがもし懲罰房に連れて行かれちゃった時は、指原もここに泊めてね」

    高城「うん」

    指原「許可とかいるのかな?点呼に来た看守の子に訊いてみるね。いいって言われたらあきちゃこっちおいでよ」

    高城「はーい」

    指原の提案に、高城はようやく笑顔を見せた。

    123 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:11:03.22 ID:oupraDg70
    一方その頃、第4監房では――。

    宮澤「耳やられちゃってるの?嘘でしょ?」

    高橋の話を聞き、宮澤の声が震えた。

    高橋「たぶん一過性のものだと思うけど、こんなの続けてたら本当に耳がおかしくなるよ」

    大島「たかみなちょっと横になりなよ」

    大島は高橋のベッドを整えてやった。
    高橋は体を横たえると、静かに瞼を閉じる。
    その顔は、頬がやつれ、生気を失っていた。

    大島「こんな…ひどい…」

    その様子に、大島は怒りを感じていた。
    昨日からこんなところに閉じ込めて、何をするかと思えば低周波だ大音量の音楽だなんて…人を馬鹿にするにも程がある。
    自分達は人間なのだ。アイドルなのだ。
    看守でも囚人でもない。
    なぜ自分達がこんな不当な扱いを受けなければならないのだろう。

    124 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:12:19.33 ID:oupraDg70
    大島「こんな生活がまだ続くの?解放される前に、みんな体がおかしくなっちゃうよ!」

    大島が叫ぶ。
    直後、秋元も重々しく頷いた。

    宮澤「そういえばはるごんも元気なかった。行動が制限されちゃって、いつもみたいに走り回れないからストレス溜まってるんだよきっと。このままじゃ体だけじゃない、精神的にもみんな追い込まれて…」

    大島「うん、もう我慢できない!あたし…あたし…ここから出る!出て、助けを呼んでくる!」

    秋元「そうだよ。たかみなだってちゃんと病院で看てもらったほうがいい」

    宮澤「だよね。それに今懲罰房の中にいるまりやんぬだって危ないし…」

    大島「才加行こう。佐江ちゃんはたかみなについててあげて」

    宮澤「でも…」

    大島「大丈夫。体力には自信あるし。それにここがどこだかもわからない今、外へ出てもすぐに助けを呼べるという保障はない。もしかしたら何時間も…あるいは何日もかかるかもしれないし」

    秋元「あたしは走るよ。何時間だろうと何日だろうと、それでみんなが助かるのなら」

    宮澤「優子…才加…」

    大島「お願い、佐江ちゃん。それまでたかみなを…」

    宮澤「うんわかった。任せて」

    126 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:17:16.56 ID:/Pt7oAeUO
    大島「決まりだ。才加、行くよ」

    秋元「でもどこから出たらいいの?」

    大島「たぶん最初にくじ引きをした部屋。反対側の壁に大きなドアがあった。きっとあれが外へと続く扉だよ」

    大島はそう言うや否や、走り出した。
    秋元がそれを追いかける。
    2人は懲罰房の並ぶ通路を駆け抜けると、その先にドアを見つけ飛び込んだ。
    思ったとおり、そこは昨日全員がくじ引きをさせられた広間である。
    秋元が素早く室内に視線を走らせる。
    ドアは――見つけた!

    秋元「あ、あれだね優子」

    大島「急ごう。あたし達の行動はモニターされてる。気付かれる前にドアを開けて外へ出るんだよ。そっから先は出たとこ勝負だ。できるね?才加」

    秋元「もちろん」

    2人は逆境に強くならざるを得ない生い立ちを持っていた。
    自分の置かれている環境に満足できないのなら、まず動けばいい。
    そういったことを、頭ではなく体で理解している。
    どんなに無理な状況でも、立ち向かうことを恐れない。

    128 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:19:02.67 ID:/Pt7oAeUO
    大島「……」

    大島がドアノブに手をかける。
    予想はしていたが、やはり鍵がかかっている。

    秋元「優子、手伝うよ」

    大島「うん」

    2人は別段相談をしないでも、やるべきことがわかっていた。
    大島の合図で、ドアに体当たりする。
    何が何でもこのドアを破り、外へ出るのだ。

    大島「せーのっ…」

    大島が何度めかの合図をする。
    その時だった。

    秋元「やばっ、サイレン…」

    突如、室内にサイレンの音が鳴り響く。
    それは広間だけでなく、建物全体を包む大音量であった。

    129 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:21:03.17 ID:/Pt7oAeUO
    大島「あたし達が脱走しようとしてることがバレたんだ…!急ごうもう時間がない」

    秋元「うん」

    大島と秋元はさらに体当たりを続けた。

    『脱獄者を確認しました。看守は至急、広間へと向かってください』

    頭上では例の機械的な音声が、秋元と大島の行動を報告している。

    大島「くそっ…」

    誰かの足音が近づいてくる。
    それは広間の前で止まり、一拍あいてから、入り口が開かれた。
    そこから顔を出したのは――。

    130 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:23:15.53 ID:/Pt7oAeUO
    秋元「あ、あっちゃん…!」

    入り口の傍に立って、前田は驚愕の表情で大島と秋元を見つめている。

    前田「脱獄者って…優子と才加だったの?なんで…?」

    そこまで言ったところで、前田は質問の答えがすでに出されていることに気がついた。
    こんな生活――続けるなんて無理だ。
    逃げ出して、誰か助けを呼んで来なければ…。
    大島と秋元の行動には頷けた。
    自分が囚人だったとしても、同じことをしていたかもしれない。
    いや、看守役をやっている今だって、ここから逃げ出したい気持ちは同じだ。

    前田「ここから出て…助けを呼んで来てくれるんだね?」

    前田が確かめるように、ゆっくりと問いかける。

    131 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:25:18.07 ID:/Pt7oAeUO
    大島「うん。たかみなに会った?ひどいよこんなの…」

    前田「今まで会ってたよ。放送がかかったからここに来てみたの」

    秋元「他の看守の子達は…?」

    前田「みんなは2階の看守の部屋にいるから、もうすぐ駆けつけて来ると思うけど…」

    大島「お願いあっちゃん見逃して!今すぐ助けを呼ばないと…」

    前田「うん、そうだね。ドア…鍵がかかってるの?壊すの手伝うよ」

    秋元「ありがとうあっちゃん…」

    前田が小走りに大島と秋元の傍に駆け寄ってくる。

    前田「早く壊して外へ出なきゃね…痛っ…」

    そうして前田は、その場にうずくまってしまった。

    132 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:27:29.13 ID:/Pt7oAeUO
    大島「あっちゃん?あっちゃんどうしたの!?」

    すぐに大島が前田の元へ走った。
    秋元はその間、ドアノブを力まかせに引っ張っている。

    前田「痛っ…痛いよ…何これ助けて優子」

    大島「低周波?見せて腕時計…外してあげる」

    前田「痛い痛い痛い…」

    大島「……これ…どうやって付けたの?全然外れない…ちょっと才加、これ取れる?」

    前田「痛い…助けて…」

    前田の腕時計から、強力な低周波が流されている。
    前田は痛みに全身を震わせ、ぎゅっと目を閉じた。
    秋元も駆け寄り、2人でどうにか前田の腕時計を外そうとする。
    しかし、どういう構造になっているのか、腕時計は外れるどころか、まるで前田の腕にからみつく毒蛇のように、着々と前田の体を痛めつけていく。

    133 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:29:54.05 ID:/Pt7oAeUO
    秋元「何これ…外れないよ…」

    前田「痛いよ…ねぇ…どうして…」

    前田が苦しみの声を上げた。
    腕時計を外そうと奮闘していた大島の手が、ふいに力を失う。
    大島はそのまま脱力し、宙を睨んだ。

    大島「あたし達のせいだ…」

    ぽつりとこぼす。

    秋元「え?」

    大島「あたし達のせいだ…。腕時計は外れない。このまま脱走を続けたら、あっちゃんが低周波に苦しめられたままだ…」

    前田「……つっ…」

    秋元「あっちゃん?大丈夫?」

    前田「でも…どうにかして誰かが外へ出ないと…助けを呼ばないと…みんな…監禁されたまま…」

    前田は痛みに耐えながら、言葉を絞り出した。

    134 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:31:51.00 ID:/Pt7oAeUO
    前田「お願い…優子…才加…みんなを…助け…」

    前田が途切れ途切れに言うのを、大島は目に涙を溜めて聞いた。
    それから決心したように頷くと、秋元を見る。

    大島「戻ろう…」

    大島にとっても、それは苦しい決断だった。
    このドアを抜ければ、外へ出られるかもしれない。
    しかし外へ出るということは、痛みに苦しむ前田を見捨てるということだ。
    大島はそれをどうしても出来なかった。

    秋元「仕方ない…ごめん、あっちゃん…」

    秋元が、悲しげに目を伏せる。

    前田「でも…」

    大島「あっちゃんをこんな状態のまま放ってはおけない。今は諦めるよ」

    前田「……」

    135 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:33:30.60 ID:/Pt7oAeUO
    大島「監房に戻ります!あっちゃんはきちんとあたし達の脱走を止めました。だからもう低周波を切ってあげてください!」

    大島は立ち上がると、そう宣言した。
    直後、前田の痛みがおさまる。
    低周波は切られたようだ。

    前田「ごめん…あたしが顔出したからこんな…」

    大島「いいよ。どっちみちあたし達は監視されてるんだから」

    大島はそう言うと、座りこむ前田に手を差し出した。
    前田はうつむいたまま、その手を握る。
    秋元も手伝って、前田を助け起こすと、3人はとぼとぼと広間を後にした。

    ――そう…すべて監視されている。どうしたらここから脱出することが出来るのだろう…。

    大島は耳元で前田の荒い息遣いを聞きながら、策を練り始めた。

    136 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:35:43.99 ID:/Pt7oAeUO
    点呼の時間――。

    大島と秋元はそれぞれ自分の監房へ帰った。
    前田はその後しばらく指先にじわじわとした痛みを感じていたが、時間が経つにつれそれも弱くなり、やがて回復した。
    自由時間は終わり、点呼の時間がやって来る。
    看守は囚人がきちんと自分の監房に戻っているか確認する義務があるのだ。

    倉持「ちゃんと揃ってますかー?返事してくださーい」

    倉持は第1監房から順に、中を覗き込みながら、点呼を取っていく。
    倉持の登場に、格子扉まで寄ってきてわざわざ手を振る者、話しかける者が多い中、何人かの囚人は疲れが溜まっているのか、布団を被ったままで返事をしている。
    倉持はその度、囚人を気遣う言葉をかけていった。
    そうしてじっくりと点呼をしていくので、倉持が第7監房までやって来た時、島崎はすっかり寝入ってしまっていた。

    138 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:38:21.81 ID:oupraDg70
    第7監房――。

    倉持「さっしーぱるるちゃん2人ともいるねー?」

    指原「もっちぃ!良かった、今日はもっちぃが点呼の係なんだね」

    倉持「?そうだよ?」

    指原「あのね、指原ちょっとお願いがあるんだけど…」

    指原が寝ている島崎を起こさないよう小声になると、倉持はそっと格子扉に耳を寄せた。
    そういえばいつもいじられるばかりで、倉持自身の耳をじっくり見たことはなかったなと、指原は少々新鮮な気分を味わいながら、相談を持ちかけた。

    指原「ほら今日まりやんぬが懲罰房でしょ?あきちゃ、1人で不安みたいなんだよね」

    倉持「あきちゃ…そっかまりやんぬと同じ房か」

    指原「そうそう。それで今日だけ特別にあきちゃ、こっちの監房に呼べないかなー」

    倉持「あきちゃをここに?」

    倉持の声が大きくなる。
    島崎が呻き声を上げて寝返りを打った。
    倉持はびくりと島崎を見てから、どうやら起こさずに済んだとほっと胸を撫で下ろし、再び指原に視線を戻した。

    139 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:39:05.57 ID:oupraDg70
    倉持「囚人は自由時間と作業の時以外、自分の監房にいなきゃならないの。あきちゃが朝の点呼の時この監房にいたら…看守はまた低周波を流されちゃうよ」

    指原「そこはなんとか出来ないかな?もっちぃの人望を使ってさ。駄目?」

    指原は両手を顔の前で合わせ、拝むような仕草をした。
    倉持はしばらく思案した後に、諦めを含んだため息を洩らす。

    倉持「…んもうっ!あたしがそういうの断れないの知ってて、さっしー意外と計算高いんだから」

    指原「てへぺろ」

    倉持「ふざけないで。いいよ。みんなには内緒にしとく。朝の点呼もあたしがやるようにするから、その時あきちゃには自分の監房へ戻ってもらえば大丈夫かな。いい?ぜーったいにみんなには秘密だからね!」

    指原「さすがもっちぃ!優しーい」

    倉持「じゃあ点呼が終わったらここまであきちゃ連れて来るね」

    指原「はい、お願いしまーす」

    140 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:42:08.60 ID:oupraDg70
    数分後、第9監房――。

    倉持「じゃあおやすみなさーい」

    点呼を終えた倉持が、大島と仲俣に挨拶をして、次の監房へと移っていく。

    大島「でね、さっきの続きだけど、仲俣ちゃんはどう思う?」

    倉持がいなくなると、大島は小声で仲俣に話しかけた。

    仲俣「ここから出る方法ですか…。監視されているから難しいですよね」

    大島「でもあたしと才加が広間のドアをこじ開けようとして、すぐにはサイレンが鳴らなかったんだ。だから相手も少しの隙もなく完全にこっちの様子をモニター出来ているわけじゃなさそう」

    仲俣「ドアをこじ開けようとして、しばらくしたらサイレンが鳴ったんですね?」

    大島「うん。ほんの数分だけど。これでわかったことは、少しなら監視の目に隙があること。これを利用して、なんとか脱出の方法を考えないと」

    仲俣「そうですね…」

    仲俣は無意識のうちに頬へ手をやり、考えるポーズを作った。

    ――ほんの数分なら、ほとんど監視されていることに違いはない。こんな状態で、本当にここから出る方法があるのかな…。

    先輩である大島には悪いが、仲俣が客観的に話を聞く限り、脱出は不可能のように思えた。
    しかし、優しい彼女はどうしてもそれを大島に伝えることが出来ない。

    141 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:43:57.98 ID:oupraDg70
    大島「それにドアは頑丈で、鍵もかかってるし、壊すにしても数分じゃ時間が足りないんだよ。やっぱり他から脱出する方法を考えるか…」

    仲俣「窓…ですか?」

    大島「そうそう!」

    仲俣「窓は監房にないし…トイレにはありますけど、鍵がかかっていて駄目ですね」

    大島「割るか」

    大島はなぜかそこでにやりと笑った。
    その表情から、冗談なのか本気で言っているのか、仲俣には判断が付かなかった。
    返事をする代わりに、曖昧に笑って首をかしげる。

    大島「でも割ったら音ですぐバレちゃうしなぁ…」

    仲俣「トイレは通路を挟んで監房の向かい側…。1階だから窓から抜けられればすぐに助けを呼びに走れますね」

    大島「あ、でも待って、さすがにトイレは監視されてないでしょ。だったら音も…」

    仲俣「でも、どっちみちそんな乱暴な手段じゃすぐ気付かれちゃうような…」

    大島「だよねぇ…」

    大島はがっくりと肩を落とした。
    それから弱々しい笑顔を仲俣へ向けようとして、顔を上げた。
    そこで、何やら仲俣の様子がおかしいことに気がついた。

    142 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:45:11.91 ID:oupraDg70
    仲俣「トイレと…お風呂…作業部屋…監房…懲罰房…広間…」

    仲俣はハッと目を見開き、ぶつぶつと呟いている。

    大島「仲俣…ちゃん…?」

    仲俣「あたし達はこの建物の中で、行っていないところ、知らない部屋がたくさんあると思います。囚人は作業部屋と監房、トイレとお風呂以外立ち入り禁止区域になっていて、自由に行動できません」

    仲俣「それって、もしかしたらこうは考えられませんか?禁止区域になっている場所のどこかに、外へと繋がる道が隠されている。だから脱走を防止するため、禁止区域なんてものが存在するんですよ」

    大島「てことは、禁止区域を捜索すれば、外へ出られる場所が見つかる…」

    仲俣「そうですよ!まだ希望はあります」

    大島「でも禁止区域に入ったら、また看守の子達に低周波が…」

    大島は先ほどの広間での、前田の様子を思い出していた。
    痛みに襲われ、うずくまる前田。
    額にはじっとりと脂汗が浮かんでいた。
    もう、低周波で苦しむメンバーの姿など見たくない。

    143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 18:45:48.50 ID:y9IJTamb0
    相当書き溜めしてるなw

    144 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:45:56.51 ID:oupraDg70
    仲俣「せめてこの建物の全体像が掴めれば、どこがまだあたし達が足を踏み入れていない、未知の領域なのか見当がつくんですけどね」

    大島「あ、ともーみちゃんに訊いてみようか?」

    仲俣「はい?」

    大島「ともーみちゃんや米ちゃんは料理係でしょ?料理係のテリトリーは地下。だったら地下の様子がどうなってるのか訊けば教えてくれるかもしれない」

    仲俣「あ、そうですね」

    大島「2階がどうなっているかは、看守の子の誰かに訊いてみよう」

    仲俣「はい、料理係と看守、両者の話を総合すれば、かなり建物の全体像が掴めるはずです!」

    大島「うん。よし決まり、明日早速訊いてみよう」

    仲俣「あたしも誰か訊けそうな人探してみます」

    大島「うん、お願い。だけど、あたし達が建物について探っていることが知れたら、また脱走を疑われるかもしれない。訊く時は、マイクに声を拾われないようになるべく小さな声でね」

    仲俣「わかりました」

    仲俣は返事をすると、あくびを噛み殺した。

    145 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:46:33.83 ID:oupraDg70
    大島「もう寝ようか」

    仲俣「すみません」

    大島「いいよいいよ。疲れたよね。ごめんね。おやすみー」

    大島はそう言うと、二段ベッドの階段をリズミカルに駆け上った。
    下段に寝転んだ仲俣は、布団を顎の下まで引っ張ると、目を閉じた。
    しかしすぐに通路を歩く2人の足音を聞き、半身を起こした。
    格子扉の外を、倉持と高城が横切っていくのが見える。

    ――高城さん…。点呼終わったはずなのになんで…?トイレかな?

    そう考えたところで、眠気には勝てず、仲俣は再び横になった。
    上段からは、すでに大島の寝息が聞こえてくる。

    146 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:48:07.52 ID:oupraDg70
    《3日目》

    第7監房――。

    目を覚ました島崎は、指原のベッドに高城が眠っていることに驚いた。

    島崎「え?なんで?」

    思わず呟いた島崎の声に反応してか、眠っていた指原が目を覚ます。

    指原「あ、ぱるるおはよう」

    島崎「おはようございます。あの、なんであきちゃさんが…?」

    指原「え?あぁそうだった。指原言い忘れてたよ。ぱるるすぐ寝ちゃったし」

    島崎「あきちゃさん昨日からここで寝てるんですか?」

    指原「そうなんだよ。まりやんぬがいなくてあきちゃ1人で不安そうだったし。とか言って本当は指原があきちゃがいると安心するだけなんだけど」

    指原はそう言ってのびをすると、すぐにまたいつもの猫背に戻り、卑屈な笑い声を洩らした。

    147 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:48:51.83 ID:oupraDg70
    指原「点呼の時もっちぃにお願いしたらあきちゃ連れてきてくれてさ。でもこのことみんなには内緒ね」

    島崎「はい、それはいいですけど、それじゃあわたし邪魔だったんじゃ…」

    指原「えぇ?嘘嘘そんなことないよ」

    島崎「そうですか?」

    島崎はなぜか涙目になり、指原の顔をじっと見つめた。

    ――ぱるる可愛いな…。

    この状況でまだそんなことを考えてしまう自分を反省しながら、指原は必死に島崎を宥めた。
    そうこうしているうちに倉持がやって来て、高城を叩き起こすと第10監房へと連れて帰る。
    島崎は相変わらずすまなそうな顔をして、涙がこぼれないよう歯を食いしばっていた。

    148 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 18:49:53.05 ID:oupraDg70
    作業開始――。

    朝食が済むと、作業が開始された。
    囚人達はすっかり慣れたもので、細かい作業を黙々とこなしていく。
    少しでもおかしなことをして、また看守に低周波が流されたらたまったもんじゃない。
    そんな思いが、囚人達を団結させていた。
    午前の作業をとどこおりなく済ませ、昼食が終わると午後の作業へと入る。

    ――普段消しゴムはんこ作ってて良かった。こういう細かい作業、結構好き。

    仁藤は、すでに作業自体を楽しめるようになっていた。
    元々手先が細かく、器用なほうだと自覚している。
    周囲と比べてみても、仁藤が組み立てた部品などは見た目が整い、袋詰めの仕上がりも美しい。
    マイペースに楽しみながら、しかし作業ペースは速く、仁藤は他の囚人達よりもこの監禁生活で受けるストレスは少ない。

    ――後これを片付けちゃえば、あたしが配られた分は終わりだ。そうしたら佐江ちゃんの手伝ってあげよう。

    仁藤は隣に座る宮澤を一瞥すると、組み立てたばかりの部品を袋に詰め始めた。

    150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 18:51:43.19 ID:9DywzeuAO
    面白い
    がんばって


    151 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:53:43.26 ID:/Pt7oAeUO
    野中「あ、萌乃ちゃんもう終わっちゃったの?早いねー」

    傍にいた看守の野中が声をかける。
    仁藤は少々誇らしい気持ちで頷いた。
    その時だった。

    篠田「あれ?でもなんかおかしくない?」

    篠田が何かに気付き、首をかしげる。

    野中「え…?」

    篠田「終了時点で1人100袋になるはずだよね?でもなんか…見た感じ袋が少ないみたいだけど…」

    仁藤「え?」

    篠田に指摘され、仁藤の顔色が変わった。

    ――確かに最初に配られた分きちんと終わらせたはずなのに…。

    しかし100袋という数字は少し見ただけでは把握しにくい。
    仁藤は自分の勘定に自信がなくなった。

    152 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 18:55:39.22 ID:/Pt7oAeUO
    野中「数えてみれば?」

    仁藤「う、うん…」

    野中に促され、仁藤は自分が袋詰めした分を数え始めた。
    手が震える。
    もしかして、自分の勘違いで、本当は配られた部品を失くしてしまったのではないか…。
    青ざめる仁藤に気付き、囚人達は心配そうにその手元を見守った。

    仁藤「78、79、80……嘘…」

    野中「100ないの?」

    仁藤「そんな…あたしちゃんとやったのに!なんで?」

    仁藤がきょろきょろと自分の周りを見渡す。
    余っている部品はない。
    だったら自分はやはりきちんとすべて組み立てたのだ。
    きっと袋詰めした後に行方不明になったのだろう。

    153 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:01:02.16 ID:/Pt7oAeUO
    仁藤「あたしが袋詰めしたやつ、佐江ちゃんのほうに混ざっちゃってない?」

    宮澤「え?どうだろう?よく見てなかった」

    仁藤「えー?数えてみてよ」

    宮澤「でもまだ途中だから、数えてもわかんないよ」

    仁藤「そんな…だったら佐江ちゃんの分の作業手伝うから、終わったら一緒に確かめようよー」

    宮澤「あ、そう?」

    仁藤が宮澤の分の作業に手を伸ばす。
    その時、篠田がつかつかと仁藤に歩み寄った。

    篠田「本当に佐江ちゃんの分と混ざっちゃったの?」

    仁藤「え?あ、はい、まだわかんないですけどたぶん…」

    篠田「大丈夫だよね?部品、なくしちゃったりしてないよね?」

    仁藤「はい…たぶん…」

    154 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:04:31.38 ID:/Pt7oAeUO
    篠田「部品をなくしたらその分の作業が仕上がらない。時間内に作業を終わらせてないと、たぶん看守全員低周波受けることになるんだけど」

    仁藤「大丈夫です…」

    篠田「心配だから、もう一度周り確かめてもらえるかな?ごめんね」

    仁藤「そうですよね、見てみます…」

    宮澤「あたしも見てみようか」

    仁藤「ほんと?ありがと佐江ちゃん」

    宮澤「ううん、いいよいいよ」

    宮澤は気のいい笑顔を浮かべると、仁藤と一緒に部品を探すため、テーブルの下にもぐりこんだ。

    佐藤夏「へぇ、囚人が喋っても今日は低周波こないんだね」

    佐藤夏希が興味深そうに目を細める。

    155 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:09:32.29 ID:/Pt7oAeUO
    佐藤亜「作業に関することだから私語にはならないんじゃない?」

    亜美菜がそう答えると、途端に夏希の顔が苦痛に歪む。
    低周波が流されたようだ。

    佐藤夏「亜美菜ちゃん、今の発言は作業と関係ないことみたいだよ?作業中は喋んないでね」

    佐藤亜「ごめんなさい…」

    亜美菜がそう言ってバツの悪い表情を浮かべた時、宮澤と仁藤はまだテーブルの下にいた。

    篠田「あったー?見つかった?」

    宮澤「ないみたいー」

    篠田「佐江ちゃんそういえば作業大丈夫?時間内に終わる?」

    宮澤「あ、そうだった」

    すぐに宮澤1人だけがテーブルの下から出てくる。
    仁藤はおろおろと、まだ四つんばいになり、床の上を探っていた。

    157 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:12:22.89 ID:/Pt7oAeUO
    宮澤「ごめん萌乃、後1人で探して」

    仁藤「う、うん…」

    それから数分の間、仁藤は焦る気持ちを抑えながら、必死で失くしてしまった部品がないか探した。
    もしかしたら近くにいた誰かのところへ部品自体が混ざってしまっているのかと思い、探して歩く。
    囚人達は皆、仁藤の捜索を手助けしたいと思いながら、しかし作業を遅らせるわけにはいかず、なかなか手伝うことができない。
    結局、作業終了間近になって、最初に部品が入っていたダンボールの底から、残りの分が見つかった。
    はじめに配られた段階から、仁藤の作業分だけ部品が足りていなかったのだ。

    仁藤「良かった…」

    仁藤はほっとひと息つく間もなく、終了までに残り20袋を終わらせるべく、作業に取りかかった。

    篠田「ごめんね、あたしが変なこと言ったから部品探しに時間がかかっちゃったね」

    仁藤「いえいいんです。はじめに確認しなかったあたしが悪いんで…」

    159 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:16:56.25 ID:/Pt7oAeUO
    作業終了後、看守の部屋――。

    篠田「作業無事終わって良かったね」

    前田「ねー?萌乃ちゃん終わるかどうかヒヤヒヤしちゃった」

    峯岸「ああいうの心臓に悪いよ。時間内に作業が終わらなかったらあたし達また低周波でしょ?やだー」

    看守の部屋では、作業が終わった安堵感からか、メンバーはだらけた体勢で雑談を始めていた。
    ソファに座る篠田達の横では、梅田と野中が熱心にテニスゲームに興じている。

    梅田「勝ったー。わーい」

    梅田は野中に勝利するたび、その端正なルックスからは想像もつかない無邪気さで喜んでみせる。
    先ほどから、野中は一勝もしていない。

    野中「スポーツ系のゲーム苦手なんだよねぇ…」

    そんな2人の様子を一瞥すると、篠田はまた話を再開した。

    160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 19:18:07.92 ID:9+bCFTp4O
    続き早くみたい

    161 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:24:00.74 ID:/Pt7oAeUO
    篠田「でもさっきの、どうしてなんだろう…。はじめにちゃんと部品は配ったのに」

    前田「誰かが間違えたんじゃない?今度からダンボールの底も確認したほうがいいよー」

    峯岸「そうだね」

    篠田「でも、あたしちゃんと確認したよ?それなのになんで…」

    呑気な前田に対して、篠田のほうは何やら納得がいかない様子である。
    しきりに首をひねっていた。

    前田「そういうこともあるよ。今度から気をつければいいじゃん」

    峯岸「まさか萌乃がわざと部品をダンボールに戻したってこと?作業やりたくないから?」

    篠田「そういうこともありえるなって…。だって、あんな数の作業をこなさなきゃならないのなら、少しくらいズルしたくなるじゃん?」

    162 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:25:57.54 ID:/Pt7oAeUO
    前田「そんなの麻里子だけだよー」

    前田が冗談めかして笑う。
    しかし篠田は妙に真剣な顔付きで、考え込んでいた。
    もちろん前田の軽口に付き合う素振りはない。
    篠田の言葉に、峯岸が口を尖らせた。

    峯岸「でも萌乃はそんなズルする子じゃないでしょ。やれと言われたことをやらない人は嫌いなんだよ、萌乃は。生真面目というか不器用というか…」

    前田「へぇ」

    前田が感心したように頷くと、篠田はパッと笑顔になり言った。

    篠田「そうだよね。ごめん、こんな状態だから悪いほうにばっか考えちゃって」

    前田「気にすることないよー。それはみんな同じだもん」

    篠田の様子に、前田は鼻に皺を寄せ、明るい笑顔で応えた。
    峯岸もほっと息を洩らす。
    その時、ゲームをしていた梅田が勢いこんで、峯岸に突っ込んできた。

    163 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 19:28:04.34 ID:/Pt7oAeUO
    峯岸「あぁっ、危ないよ」

    梅田「ごめんみぃちゃん」

    梅田が爽やかな笑顔で謝る。

    梅田「あ、みぃちゃんもゲームやる?」

    峯岸「うん、やるやるー。あっちゃん対戦しよ」

    前田「いいよー」

    前田が立ち上がったので、野中は使っていたコントローラーを手渡した。

    前田「ありがと」

    前田は肩を回すと、コントローラーを持ち、軽く振ってみせる。
    梅田との対戦に疲れた野中は、先ほどまで前田が座っていた辺りに腰を下ろした。

    164 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:32:42.48 ID:oupraDg70
    篠田「あ、そんな端じゃなくて、もうちょっとこっち座りなよ」

    野中「はい」

    野中は言われた通り、篠田の傍に座りなおした。
    篠田はそれきり黙りこみ、難しい顔をしてゲーム画面を睨んでいる。

    ――篠田さん、さっきなんであんなに萌乃ちゃんのこと気にしてたんだろう…。

    野中は篠田の整った横顔をそっと盗み見ながら、首をひねった。

    165 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:33:33.50 ID:oupraDg70
    夕食時、第9監房――。

    大島「早く来ないかなー。ごはんごはん」

    大島はそわそわと監房内を歩き回りながら、時折格子扉から通路を確認している。
    やがてワゴンを押す音が聞こえてきて、料理係の3人が現れた。

    河西「お待ちどうさまー」

    河西が大鍋の蓋に手をかける。
    その瞬間、辺りには甘く優しい匂いが漂った。

    仲俣「シチューですか?」

    仲俣が目を輝かせる。

    米沢「そうだよー。瑠美が作ったから味の保障はできないけど」

    米沢が冗談交じりに、器にシチューを盛り付けた。

    大島「やったー。シチューうれしい!」

    大島はその場で軽く跳びはねながら、にんまりと口元から前歯を覗かせた。

    166 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:34:21.47 ID:oupraDg70
    河西「はい、これ優子の分。どうぞ」

    河西が柔らかな笑顔で、シチューの入った器を扉の下から差し入れる。
    大島はそれを小動物のような仕草で受け取り、香りを堪能した。

    大島「おいしそー」

    河西「あ、美宥ちゃん」

    竹内「あ、はい。えっと、ごはんにしますか?それともパンですか?」

    大島「ごはん!」

    竹内は大島の注文に、慌ててごはんをよそいはじめる。

    竹内「ごはん、この位でいいですか?」

    大島「ありがとー」

    仲俣「あたしはパンがいいな」

    竹内「はい、どうぞ」

    仲俣「…え…?」

    竹内がロールパンを皿に移す。
    その手元を見て、仲俣は言葉を失った。

    ――ひどい…。

    167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 19:34:38.68 ID:9+bCFTp4O
    いいょいいょそんな感じで

    168 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:35:16.70 ID:oupraDg70
    仲俣の視線に気付き、竹内は気まずそうに手を後ろに隠した。

    竹内「えっと、包丁でちょっと切っちゃって…」

    仲俣「大丈夫なの?」

    竹内「う、うん…。はるぅにバンソーコーもらったし」

    仲俣「でも…」

    仲俣は気遣うように眉を寄せる。
    竹内はそんな彼女に心配をかけないよう、健気に笑ってみせた。

    竹内「ほんと大丈夫なの。そんな深い傷じゃないし」

    仲俣「……」

    竹内「やっぱり…お母さんのお手伝いするのとは大違いだね…」

    仲俣「食事作り、大変なの?」

    竹内「う、うん…。あ、でも平気。美宥なんて全然役に立ってないもん。大変なのは河西さんと米沢さんのほうだよ」

    竹内はそう言うと、ちらりと河西と米沢のほうを見た。
    2人は今、大島と話しこんでいる。

    169 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:46:17.67 ID:oupraDg70
    大島「それで聞きたいんだけど、この建物の地下ってどうなってるの?」

    河西「どうって…、普通に厨房と、その隣にあたし達が寝泊りしている部屋があるだけだよ」

    大島「え?それだけ?」

    河西「うんたぶん。でもあたし達、食事を運ぶ時とお風呂とトイレ以外は出歩かないように言われてるから、本当のところは良くわかんないかも」

    大島「そっかぁ…」

    河西「ごめんね」

    米沢「あ、あと廊下の突き当たりに裏口があるよ」

    大島「裏口!?」

    米沢「?うん」

    河西「どうかしたの?」

    大島「その裏口って開いてるの?やっぱり鍵かかってる?」

    米沢「えーっと…」

    170 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:47:00.25 ID:oupraDg70
    河西「料理係はね、夜に一度外へごみを捨てに行く時間があるの。その時だけは解錠されてるんだけど、普段は鍵がかかってると思う」

    大島「てことは3人は1日に1回外へ出てるってこと?」

    米沢「ううん。扉の外にごみ袋を置くだけ。外には出てないよ。次の日には昨日置いたごみは回収されてる」

    大島「でも外の様子は見られるんでしょ?どうなってるの?」

    米沢「暗くてよくわかんないけど…広い空間?になってると思う」

    大島「てことはトイレの窓から見る景色と一緒か…」

    河西「その先はどうなってるんだろうね。そもそもあたし達今どこにいるんだろう。日本てことは間違いなさそうだけど」

    大島「そうだね…。あ、ごみ捨てっていつも夜なの?」

    河西「うん。たぶん自由時間が終わる頃かな?7時55分。今から5分間をごみ捨ての時間にしますって放送がかかって、その後にすぐ、奥からガチャンって音が聞こえてくるの。たぶん…裏口の鍵が開いた音だと思う。5分を過ぎると自動で鍵が閉まるみたいだよ」

    大島「てことはその5分の間に外へ出ればいいんじゃん」

    米沢「え?外へ出るって?」

    171 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:47:52.22 ID:oupraDg70
    大島「いつまでもこんな生活続けられないよ。あたし達をここに監禁してる奴、絶対おかしい。ここから出て助けを呼んで来ないと」

    河西「脱獄…するってこと…?」

    大島「そんな脱獄ってやめてよ。あたし達本当の囚人じゃないのに」

    河西「でも…看守の子達低周波流されたりしてるんでしょ?もし囚人が脱獄したら、もっとひどい目に遭わされるかもしれないよ。やだよあたしそんなの…ここでおとなしくしてたほうがいいって」

    大島「でも…」

    河西「……」

    河西が黙り込む。
    その時、隣の監房から高城の声が聞こえてきた。

    高城「今日のごはん何ですかー?」

    大島「あ…」

    米沢「ごめんもう行かなくちゃ」

    米沢がすまなそうな顔をして、ワゴンに手をかけた。
    それに気がついた竹内が、仲俣から離れる。


    172 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:48:34.75 ID:oupraDg70
    河西「ごめんね優子。でもやっぱり、脱獄はやめておいたほうがいいと思う。優子が危ない目に遭うの、あたし嫌だし。それにもし失敗したら、残ってる他のメンバーが何されるかわかんないよ」

    大島「……うん…」

    料理係が立ち去った後、仲俣が小さな声で大島に話しかけた。

    仲俣「どうでした?」

    大島「うん。地下の全体像は掴めた。裏口から出ることが出来そう。だけど、ともーみちゃん達は外へ出ることに賛成はしてないみたい」

    仲俣「ここに残される立場としては、誰かが脱獄した後のことが心配ですよね。この調子だと、連帯責任として残ってる囚人全員が罰を受けることになりそう。もしくは看守の人達とか…」

    大島「そうだね…。どうにか監視からバレないようにして逃げないと」

    仲俣「当然その裏口も監視されてるんですよね」

    大島「そうなんだよ。しかもドアが開いている時間は5分。もし外へ出てみて、やっぱり無理そうだから監房に戻ろうとしても、その時にはすでにドアに鍵がかかってしまってるかもしれない。そうしたらもう建物の中には入ることが出来ない」

    仲俣「一か八か…賭けに出るしかなさそうですね」

    大島「うん…」

    大島はうつむいて、唇を噛んだ。

    ――何か…きっとここから出る方法があるはず…。

    まだ、脱獄を諦めることは出来ない。

    173 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:50:04.42 ID:oupraDg70
    自由時間――。

    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第4監房の山内鈴蘭さん、これから看守が迎えに行きます。監房から出ずにお待ちください』

    昨日同様、自由時間とともに放送がかかる。
    今日の懲罰房は山内だった。
    大島の耳には、階下から山内のうろたえる声が聞こえてくる。

    大島「今日は鈴蘭ちゃんか…」

    仲俣「らんらん…」

    落ち込む2人のもとへ、じゃらじゃらと鍵束が揺れる音と、1つの足音が近づいてくる。

    前田「優子ー?」

    前田は胸の前で小さく手を振りながら、第9監房へ入って来た。

    大島「あ、どうしたの?」

    前田「自由時間になったから、遊びに来たよ。たかみなはまだなんか疲れが残ってるみたいで寝ちゃったし、これから陽菜のとこ一緒に行こうよ」

    大島「お、いいねー」

    前田の誘いに、大島は大喜びで手を叩いた。
    のほほんとした小嶋の雰囲気に触れれば、少しは気が紛れるかもしれないと考えたのだ。

    174 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 19:51:05.83 ID:oupraDg70
    大島「あ、その前にあっちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」

    前田「ん?何ー?」

    大島「看守の部屋ってどんな感じなの?てゆうか2階ってどうなってるの?」

    前田「え、2階?看守の部屋と作業部屋があるだけだよ。あ、あとトイレとお風呂もあるか」

    大島「あのさ、どっかに窓とか…」

    前田「ないよー」

    大島「そうか…」

    予想はしていたものの、やはりショックだった。
    もちろん看守の部屋のどこかに窓があったとしても、囚人の自分はそこへ足を踏み入れることすら出来ない。
    ましてや2階の窓から降りるには、はしごが必要になってくるだろう。

    ――どうやっても無理か…。

    だが、大島にはもう1つ聞いておきたいことがあった。
    先ほどの料理係との会話で、迷いが生じていたのだ。

    大島「もしあたしがここから脱走するとしたら、あっちゃんは協力してくれる?」

    声を落とし、おそるおそるそう尋ねる。
    瞬間、前田の表情が曇った。

    175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 19:54:15.84 ID:9+bCFTp4O
    良いスレ

    176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 19:57:07.62 ID:kXLInGSU0
    リアルDEROみたいなもんか

       期 待 し か 無 い

    177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 20:07:42.17 ID:/xjxcoPk0
    飯食うなら言ってからにしてよね!
    き、期待して待ってるわけじゃないよ!

    178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 20:09:14.03 ID:e2VXfq/yP
    これをドラマ化したら絶対面白くね
    マジすか3より観たい


    182 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 20:44:33.53 ID:/Pt7oAeUO
    前田「う、うん…。やっぱり誰かがここから出て、助けを呼んだほうがいいと思うから。でも…」

    前田はそこで、言葉を詰まらせた。

    大島「あっちゃん…」

    ――たぶん、あっちゃんは低周波のことを気にしている。昨日あたしと才加があんな目に遭わせちゃったから…。

    大島は前田の表情から、低周波への恐怖を読み取った。
    昔から、人の顔色を見るだけでだいたいのことはわかってしまう。
    それに加えて、前田は考えていることが表情に出やすいのだ。

    大島「ごめんあっちゃん。看守にしてみたら、囚人の脱走は怖いよね」

    前田「え?そ、そんなことないよ…。必要なことだもん」

    184 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 20:49:57.84 ID:/Pt7oAeUO
    大島「うん。でもやっぱり、囚人の脱走を知ってて協力するような真似したら、その看守の子が危なくなる。約束する。もうあっちゃんに痛い思いはさせない。脱走はバレないように、囚人の間だけで計画することにするよ」

    前田「優子…」

    大島「それならあたしがもし脱走しても、あっちゃんは何も知らなかったんだから低周波を流されることはないでしょ」

    前田「う、うんたぶん…」

    大島「ごめんね」

    前田「あ、でも何か助けられることがあったら言ってね。脱走を協力したってことにならなければいいんだし、大丈夫な程度で答えられることがあったら教えるよ。何でも訊いて」

    大島「……じゃあ…、看守はどうして鈴蘭ちゃんを懲罰房行きに選んだの?」

    前田「え?」

    185 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 20:54:53.87 ID:/Pt7oAeUO
    大島「だって鈴蘭ちゃん、すっごく真面目に作業してたし、それに昨日のまりやんぬだって…初日のたかみなだって…。みんな懲罰房に入れられるようなことしてない。それなのに選ばれた。これってどうして?」

    前田「そ、それは…」

    大島「ずっと不思議だったの。今日の鈴蘭ちゃんを含め、たかみなとまりやんぬ…この3人に共通するものは何なの?何をしたら懲罰房へ入れられるの?」

    前田「あ、あのね優子。看守がどういう話し合いをして懲罰房に入れる囚人を決めたか、教えちゃいけないことになってるの。そういう決まりなの。もしバラしたら…あたしはまた低周波…」

    大島「あ、そうかごめん」

    前田「うん…」

    大島「あ、そうだにゃんにゃんのとこ行くんだったね。自由時間なくなっちゃうし、もう行こうか」

    前田「そうだね」

    少し元気のなくなった前田を気遣いながら、大島は無理に明るい声を出した。
    先ほどから無言で2人の会話に聞き耳を立てていた仲俣が、そっと場所をあける。
    前田と大島は仲俣の横を通り、通路へ出た。
    そして第12監房へと歩いて行く。

    186 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 20:57:22.84 ID:/Pt7oAeUO
    第12監房――。

    小嶋「あ、あっちゃん優子、ちょうど良かった」

    2人が顔を出すと、小嶋はいつものおっとりとした調子で手招きした。

    前田「何やってたのー?」

    見ると、小嶋のベッドにはすでに板野と北原が座っている。

    小嶋「遊んでた」

    大島「よっしゃ交ぜてー」

    大島が背後から小嶋に抱きつき、はしゃぎ声を上げる。

    小嶋「あ、優子そこ危ないよ」

    大島「え?」

    板野「コテあるから」

    前田「何ー?あ、ともちん巻き髪になってる」

    187 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:01:53.90 ID:/Pt7oAeUO
    板野「お風呂入る前にちょっとね、陽菜に遊びで巻いてもらった」

    北原「小嶋さん普段からヘアアイロン持ち歩いてるんですか?」

    北原が興味深げに目を丸くした。
    常にストレートの自分の髪型にも、そろそろ飽きてきたところだ。
    さり気なくヘアアイロンのメーカーをチェックしている。

    小嶋「たまたまバッグの中に入ってた。何でだろ」

    前田「自分で入れたんじゃないの?」

    小嶋「わかんない。朝バタバタしてたからその辺のもの入れて出て来ちゃったのかも」

    大島「小嶋さーん、いい加減部屋掃除してくださーい」

    小嶋「アハハ、怒られちゃった。何でー?優子関係ないじゃん、えーん」

    前田「じゃあさ、次あたしの髪巻いてー?」

    小嶋「いいよー」

    大島「次あたし」

    小嶋「え?優子は自分でやんなよ」

    大島「小嶋さん…」

    大島が悲しげに眉を下げる横で、小嶋はのんびりと鼻歌を歌い出す。
    足元に置いたままだったヘアアイロンを手に取ると、前田の背後に回った。

    188 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:04:55.62 ID:/Pt7oAeUO
    小嶋「じゃあ始めまーす」

    前田「はーい」

    前田はくすぐったそうに一度肩をすぼめると、それから背すじを伸ばした。

    前田「ともちんとお揃いにしてー。双子ー」

    小嶋「え?でも長さ違うから無理だよー」

    前田「じゃあいいや」

    小嶋「あれー?」

    北原「ん?どうしたんですか?」

    ヘアアイロンに前田の髪を巻きつけようとして、小嶋は小首をかしげた。

    小嶋「あれー?壊れちゃってるよー。このコテ、全然あったまってない」

    189 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:07:25.05 ID:/Pt7oAeUO
    北原「さっきともちんの髪巻いてる時は壊れてなかったですよね」

    小嶋「あー、優子さっきアイロン踏んだんでしょ?だから壊れちゃったんだよー」

    大島「え?あたし踏んでないよ」

    小嶋に睨まれ、大島は大慌てで首を激しく振った。

    大島「もし踏んでたら火傷してるって」

    小嶋「えー?じゃあどうして?」

    前田「なんでだろうねー」

    北原「さぁ…」

    4人がそれぞれ首をかしげる中、板野は笑いをこらえながら指摘した。

    板野「それ電源入れたままにしばらく置いとくと、自然と切れるようになってるんだよ」

    小嶋「えーそうなの?」

    190 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:11:11.78 ID:/Pt7oAeUO
    板野「うん。ヘアアイロンはほとんどがそうなってるよ。たぶん火事とか起きないように」

    北原「へぇー勉強になる」

    板野「常識だよ。使い終わると結構電源入れたままアイロン放置しちゃう人多いしね」

    前田「あ、なんかわかる。まだ使うつもりだったんだけど、なんかもういい感じになっちゃうと、この辺で巻くのやめようかなーとか思うもん」

    板野「でしょ?」

    板野は得意げに鼻先を上に向けた。

    前田「ともちん美容関係得意だよね」

    板野「うん、好きだからね」

    北原「ファッションとどっちが好きですか?」

    板野「両方」

    北原「へぇー」

    北原は数回頷いてみせた。
    その間、小嶋は着々と前田の髪にヘアアイロンを当て、巻き髪を作っていく。

    192 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:13:30.91 ID:/Pt7oAeUO
    前田「見て見て優子ー。どう?」

    完成した髪を、前田は嬉しそうに披露した。
    そして何か考えこんでいた様子の大島に気付き、一瞬表情を曇らせる。

    大島「あ、可愛いー」

    大島は我に返ったようで、少し焦り気味にそう言った。

    前田「ありがとう」

    北原「ボブで巻き髪とかもいいですよねー」

    小嶋「そうだね」

    板野「あ、あたしそろそろお風呂入ってくる」

    大島「じゃああたしも行こう」

    193 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:15:22.82 ID:/Pt7oAeUO
    北原「それじゃああたしもこれで、そろそろ看守の部屋に戻りましょうか」

    前田「そうだねー。麻里子にもこの髪見せたいし。陽菜に巻いてもらったって言って自慢しよー」

    前田と北原、大島と板野が揃って第12監房を出て行く。
    残された小嶋は、床に置いたヘアアイロンを拾い上げ、不思議そうに見つめていた。

    大島「にゃんにゃんもお風呂行こうよー。もう自由時間終わっちゃうよ」

    大島が戻ってきて、顔を覗かせる。

    小嶋「あ、待ってー」

    小嶋は床にヘアアイロンを戻すと、大島の元へ駆け寄った。
    板野の言った通り、ヘアアイロンはもう電源が切れ、冷め始めている。

    194 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:18:21.42 ID:/Pt7oAeUO
    7時55分、地下通路――。

    河西「美宥ちゃん早く!ドア閉まっちゃうよ」

    河西は生ごみの入ったごみ袋を片手に、裏口に向かって駆け出した。
    ごみ捨てに許される時間は5分。
    それを過ぎれば、今日のごみ捨ては出来ない。
    また明日もごみを捨てる時間はあるのだが、きれい好きの河西は、生ごみを放置して厨房に臭いが充満するのが許せなかった。

    竹内「待ってください、これもまとめちゃいます。えーっと、後はもうごみないですよね」

    竹内は持っていたごみ袋の口を閉じると、大慌てで河西の後を追う。

    河西「ふぅ、間に合ったー」

    裏口を開けて、外へごみを置けばそれで終わりである。
    実際は5分もかからない。
    しかし時間が制限されていると思うと、なぜだか焦ってしまう。

    196 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:20:33.50 ID:/Pt7oAeUO
    河西「……」

    河西はそこで、大島との会話を思い出した。

    ――優子はきっと、ここからの脱獄を考えてる。あたしは反対だけど…。

    なんとなく気になり、いつもはごみを捨ててすぐ締めてしまうドアを、開けたままにしておいた。
    ドアの向こうの暗い景色に目をこらす。

    ――この先は、何があるんだろう…。

    脱獄は反対だが、やはり外は気になる。
    何か気付くことはないか、河西はしばらく辺りを見回してみたが、外は明かりもなく、生憎月も出ていない。
    黒い絵の具をぶちまけたような、深い夜の世界。

    竹内「…河西さん…?」

    いつもと違う河西の様子に、竹内が声をかける。

    河西「あ、何でもないよ。行こう」

    河西は慌てて、ドアを閉めた。

    198 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:25:18.14 ID:/Pt7oAeUO
    米沢「あ、待って待ってー。まだごみ残ってたよ」

    直後、ひとり厨房に残り、ガス台周りの掃除をしていた米沢が、ごみ袋を持って現れる。

    竹内「あ、気がつきませんでした。すみません」

    米沢「よし、まだ時間あるね。これも捨てちゃおっ」

    米沢が裏口のドアノブに手をかける。

    米沢「?あ、あれ…?」

    直後、不思議そうに首をひねった。

    河西「どうしたの?」

    米沢「ドア…開かないよ」

    河西「嘘?もう5分過ぎちゃった?」

    竹内「まだ残り2分あります」

    米沢「じゃあどうしてだろう?」

    199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 21:26:56.49 ID:DjgvZHkq0
    米平が辞めてちょうど一ヶ月
    作者は一ヶ月以上前から書き溜めてたんだな

    200 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 21:28:23.49 ID:/Pt7oAeUO
    河西「そのごみって、生ごみ?」

    米沢「違うよ」

    河西「じゃあまた明日のごみ捨ての時間に捨てようよ。その時にはもうドアも直ってるんじゃない?」

    竹内「誤作動ですかね」

    ドアはごみ捨ての時間だけ自動で解錠する仕組みらしいことは、一昨日からのこと思い返せば容易に想像がつく。
    機械の誤作動はありえることだった。

    河西「行こう米ちゃん。掃除、まだ途中でしょ?手伝うよ」

    米沢「う、うん…」

    河西に促され、米沢は厨房へと引き返す。
    少し歩いたところで、そっと背後を振り返ってみた。
    ドアは相変わらず、閉じられたままである。

    ――おかしいな。こんなすぐに誤作動を起こすようじゃ、そのうち厨房が生ごみ臭くなっちゃう…。

    米沢はそう心配すると同時に、何かに気付きかけた気がして、胸に妙な引っ掛かりを覚えた。

    201 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:44:47.17 ID:oupraDg70
    《4日目》

    阿部「なんか嫌な予感がする」

    永尾「え…?」

    囚人達の作業を監視する中、阿部の発した言葉に、永尾はびくりと肩を震わせた。
    阿部の視線の先には、島崎の姿がある。

    永尾「ぱるるがどうかしたの?」

    阿部「明らかに1人だけ作業が遅い。もしかして、時間内に終わらないかも…」

    永尾「嘘?」

    永尾はさっと島崎の手元に視線を走らせた。
    作業も4日目となり、内容が複雑になっている。
    さらにはノルマも増え、囚人達には作業の正確さとスピードが求められていた。

    永尾「え?嘘でしょ?」

    阿部「まずいよね、あれ…」

    すっかり作業に慣れた囚人達の中で、島崎だけが遅れを取っていた。
    島崎の前に置かれた仕上がり品を見ても、左右がバラバラに接着されてあったり、なぜか角が取れてしまっていたりと散々な出来だ。
    おまけに工程の1つ1つが遅く、1個仕上げるのにかなりの時間を要している。

    202 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:45:36.32 ID:oupraDg70
    永尾「ぱるる…」

    永尾は無意識のうちに胸の前で両手を組み、祈るような仕草を見せた。

    ――頑張って、ぱるる…。

    そんな永尾の横で、阿部は退屈そうにあくびをしている。

    阿部「もう今日は低周波決まりだね」

    永尾「そんな…!やだよ絶対!痛いもん」

    阿部「仕方ないよ。もう諦めよう」

    永尾「よくこんな状況で落ち着いていられるね」

    阿部「だってあたし達看守は作業に手出し出来ないし」

    永尾「だけど…、うーん、どうしよう…」

    柏木「どうしたの?」

    こそこそと話す2人に気付き、柏木が声をかけた。

    阿部「あ、柏木さん」

    永尾「大変なんです。見てください、ぱるる…」

    203 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:46:22.78 ID:oupraDg70
    柏木「えぇぇ?ちょっ、嘘でしょ?作業あと1時間しかないのに」

    永尾「はい…」

    阿部「すごいでよね」

    島崎は真剣な眼差しで作業に臨んでいる。
    決してふざけていたり、手を抜いているわけではない。
    だからこそ、タチが悪いのだ。
    真剣にやっていないのならば、しっかりやるよう注意するだけで済む。
    しかし島崎にとっての100%がこの状態であるのは明らかだ。
    絶望的だった。

    永尾「ぱるる…間に合いますかね」

    早くも永尾は涙目になっている。
    すると、慌てていた柏木が急に冷静になった。

    阿部「柏木さん?」

    柏木は鋭い視線で作業部屋全体を見渡すと、ぱっと目を輝かせ、阿部と永尾にウインクを返した。

    永尾「え?」

    わけがわからず、永尾はまばたきを繰り返す。

    204 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:46:57.45 ID:oupraDg70
    柏木「待ってて、今助っ人を頼むから」

    柏木はそう言うと、その場を離れ、渡辺のもとへ走り寄った。
    ほとんどの作業を済ませていた渡辺に、そっと耳打ちする。
    渡辺は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔に戻り、こくこくと頷いた。

    柏木「もう大丈夫だよ」

    渡辺のもとから戻ってきた柏木は、そこでもう1度ウインクして見せる。

    永尾「どういうことですか?」

    柏木「まゆゆが遥香ちゃんの分手伝ってくれるって」

    柏木がそう説明すると、永尾はほっと安堵の息をついた。

    永尾「ありがとうございます」

    阿部「ぱるるはもう渡辺さんに足を向けて寝られないですね」

    柏木「あ、難しい言い回し知ってるんだね…」

    阿部の淡々とした物言いに、柏木はいまいち馴染めない。

    205 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:47:42.57 ID:oupraDg70
    夕食――。

    指原「今日はパスタだ!おいしい!」

    第4監房では、指原が嬉しそうにフォークでパスタを巻き取っていた。
    にんにくの香りが漂い、食欲をそそる。

    指原「そういえばぱるるはパスタって言う?スパゲッティって言う?指原のうちでは…んん?ぱるる?」

    くだらない疑問を口にしながら、指原は島崎を振り返った。
    島崎は湯気のたったパスタの皿に視線を落としたまま、手をつけようとしない。

    指原「どうしたの?食欲ない?おなか痛い?」

    指原が尋ねる。
    島崎ははっと我に返り、慌てて首を横に振った。

    島崎「あ、大丈夫です」

    指原「?どうかしたの?」

    島崎「あ、今日の作業がきつくて…」

    206 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:48:52.67 ID:oupraDg70
    指原「あぁあれは焦ったよね。指原時間内に終わらないと思ったもん」

    島崎「わたしは…わたしは…時間内に終わらせられませんでした…」

    指原「え?嘘でしょ?じゃあなんで…」

    島崎「あ、いえ、作業自体は終わったんです。まゆゆさんがわたしの分、手伝ってくれて…。でも…わたし1人だったら絶対に終わらせられなかった…」

    島崎「わたし怖いんです。いつか自分が大変な事態を起こしちゃうんじゃないかって。今日は大丈夫だったけど、明日もまた終わらせられなかったらって…」

    島崎は透き通った声でそう言うと、嗚咽を漏らした。

    指原「ぱるる…」

    指原が言葉を失う。
    だったら明日は自分が手伝ってあげるよ。
    そう言うのは簡単だった。
    しかし、指原にはどうしてもその一言を口にすることができない。
    自分だって、もう限界なのだ。
    これで他人の分まで手伝っていたら、自分の分の作業が終わらなくなってしまう。

    島崎「そうしたらもう絶対、懲罰房に入れられるのはわたしです…。懲罰房…入りたくないよ…」

    207 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:49:18.24 ID:oupraDg70
    昨夜、同じチームの山内が懲罰房へ入れられた。
    第7監房にいる島崎には、青ざめた顔で看守に連れて行かれる山内の姿を、どうしても目にしてしまうことになる。
    山内は、すでに懲罰房行きを経験した高橋と同じ監房だ。
    きっと、高橋から少しは懲罰房の中の様子を聞いていたのだろう。
    もし聞いていなかったとしても、高橋の様子からだいたいの察しはつく。

    ――らんらん…震えてたな…。

    その恐怖を知っているからこそ、山内はあんなにも懲罰房を怖がっていたのではないか。

    指原「だ、大丈夫だよ。きっとまた…ほらたかみなさんとか…助けてくれるよ。相談してみたら?」

    指原は考えた末、それくらいしかアドバイスすることが出来なかった。

    島崎「はい…」

    それでもやはり今の島崎には効き目がなかったのか、指原のアドバイスは軽く無視された。
    島崎に悪気がないことはわかっているので、指原もそれ以上は言わず、冷めかけたパスタに戻る。
    島崎もまた、指原の様子を見て、のろのろとフォークを手にした。

    208 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:49:57.86 ID:oupraDg70
    一方その頃、看守の部屋では――。

    小森「ごちそうさまでしたー。あれ…?」

    夕食を食べ終えた小森は、周囲を見渡し半笑いを浮かべた。

    小森「皆さんどこ行っちゃったんですか?」

    部屋の中には数人のメンバーがいるだけで、なんとなく寂しい雰囲気である。

    松原「気付いてなかったの?え?今更?」

    松原が小森の食べ終えた皿を片付けてやりながら、呆れ声を上げた。

    小森「あ、皆さんおかわりしに行ったんですね!」

    松原「違うよ。なんかガスの調子が悪いとかで様子見に行ったの。それに何人かは定時のチェック」

    小森「あぁ」

    小森は納得したように頷いた。
    しかし本当に理解しているのかは定かではない。
    彼女の発言はだいたいにおいて、嘘と勘違いで出来ている。

    209 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:50:57.12 ID:oupraDg70
    宮崎「こもりん食べ終わった?」

    宮崎がパスタソースで唇の端を赤く染めたまま、話しかけてきた。
    小森は返事をする変わりに、意味深な笑顔を浮かべている。
    あえてパスタソースについては指摘しない。
    というよりもはじめから、他人のことにあまり注意が向かないのだ。

    宮崎「ねぇ暇だし、怖い話でもしない?」

    小森「えー?いいですよ」

    宮崎「どっち?」

    小森「え?あー、わたしはどっちでもいいです」

    宮崎「こもりん怖い話苦手だっけ?」

    小森「たぶん大丈夫じゃないですか?」

    宮崎「なんで他人事なんだよ」

    小森「怖い話ってほら、あれですよね?不思議な話っていうか、森で道に迷った女の人が車の中で、」

    宮崎「うわぁぁダメダメ!!なんで今からしようとしてる話のオチ言おうとするの?」

    小森「あ、はい」

    宮崎は慌てて小森の口を塞いだ。
    その様子を見ていた松原と、さらには多田と佐藤すみれも交じり、部屋に残っていた面々が集まった。

    210 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/27(月) 21:51:38.35 ID:oupraDg70
    宮崎がもったいぶった口調で、怪談話をはじめる。

    宮崎「これは本当にあった話なんだけど…」

    多田「うん」

    多田にはまだにやにやとした笑いを浮かべる余裕が窺えたが、すみれはすでに表情が固まっていた。
    それでも好奇心のほうが勝り、宮崎のほうに身を乗り出している。
    松原はさりげなく、そんなすみれに寄り添うようにして話を聞いている。

    宮崎「…でね、その時にはすでにおかしいなーとは思ってたんだって…」

    多田「うん」

    佐藤す「……」

    すみれが息を呑む。
    宮崎の話はまだ序盤であるが、この流れではクライマックスでもの凄い恐怖が用意されていることは明らかだ。
    宮崎の話しぶりが自信満々なことも、恐怖に拍車をかけている。
    おそらく誰に話しても必ず怖がられる、鉄板のネタなのだろう。

    211 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:07:23.21 ID:/Pt7oAeUO
    宮崎「あ、オチにいく前に電気消そうか?暗いほうが良くない?」

    宮崎が嬉々として提案する。

    多田「いいねぇー」

    小森「はい」

    スイッチに近いところにいた小森が立ち上がる。

    宮崎「あ、違う。こもりんローソクない?」

    小森「え?ローソクですか?」

    宮崎「ほらあの、机のとことか」

    宮崎が指差したのは、部屋の角に追いやられている古いデスクの山だった。

    小森「え?ありますかね…」

    小森は疑問に思いながら、しかし言われた通りにデスクの引き出しを漁った。
    中にはボールペンやクリップなどが乱雑に詰め込まれている。

    213 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:10:27.08 ID:/Pt7oAeUO
    小森「……」

    宮崎「あったー?」

    小森「え?ちょっと待ってくださーい…あ、ありました!」

    松原「え?でも火をつけるものがないよ」

    小森「マッチもありますー」

    小森はローソクとマッチを手にすると、みんなの座るところまで戻ってきた。
    松原がローソクに火をつけてやる。
    電気を消すと、途端に部屋はおどろおどろしい雰囲気に包まれた。

    宮崎「じゃ、続きね…」

    宮崎が満足げに話を再開する。
    すみれは密かに下唇を噛み、最大の恐怖へ向けて身構えた。

    214 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:14:19.48 ID:/Pt7oAeUO
    それから10分程、宮崎は用意していた怪談話を次々と披露していった。
    中には大好きなホラー映画からヒントを得て、自分で創作した話も含まれている。
    過剰に怖がるすみれのリアクションを見て、宮崎はほくほく顔だ。

    宮崎「じゃあ今度の話はねぇ…肝試しに行った大学生のグループがいたんだけど…」

    すっかり調子に乗った宮崎が、さらなる怪談話を披露しかける。
    その時、ドアの開く音がして、室内が明るくなった。

    小森「あ…」

    ドアの傍には大場と入山が立っている。

    大場「あ、すみません…」

    入山「……」

    呆気に取られる先輩達を前にして、大場と入山は恐縮したように頭を下げた。

    215 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:17:08.45 ID:/Pt7oAeUO
    多田「ごめん今怖い話してた」

    突然明るくなった室内にまだ目が慣れないのか、多田がまばたきを繰り返しながら言う。

    松原「2人もこっちおいでよ」

    松原は優しい笑みを浮かべ、手招きをした。
    しかしドアの傍の2人は困ったように顔を見合わせるばかりで、動こうとしない。

    大場「あの、定時のチェックお願いします」

    入山「交代の時間なんです」

    松原「え?あ、そうだった」

    定時のチェックとは看守に与えられた仕事の1つである。
    囚人が揃っているかの見回り、施設内の鍵が破られていないかのチェックなどを決められた時間に行うのだ。
    それについては看守全員でぞろぞろ動くのも効率が悪いので、何人かずつローテーションでこなしていた。

    216 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:20:45.16 ID:/Pt7oAeUO
    宮崎「仕方ない。ちゃっちゃと行きますか」

    宮崎が立ち上がる。
    小森も頷き、優雅な身のこなしで腰を上げた。

    松原「じゃあらぶたん行こうか」

    多田「はーい」

    怪談話をしていた5人が動き出すと、大場と入山は安心した表情を浮かべた。

    松原「あれ?2人は?」

    部屋を出た松原が、チェックに向かおうとして途中で振り返る。

    大場「あ、わたし達は洗濯物を…」

    松原「あ、そっか」

    皆が使ったタオルやシーツの洗濯も、看守の役目だった。

    入山「そろそろ乾燥機終わるんで、洗濯物畳みに行ってきます」

    多田「ありがとー」

    大場と入山は先輩5人を見送ると、洗濯部屋へ向かって歩き出した。

    217 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:25:38.63 ID:/Pt7oAeUO
    一方その頃、第3監房では――。

    小林「あと15分で自由時間~♪」

    小林は格子扉に手をかけ、そわそわと通路を窺っている。
    秋元はそんな小林の様子を、微笑ましく眺めていた。

    秋元「嬉しそうだね香菜。何かあるの?」

    小林「え?特にすることないけど、やっぱうれしいじゃん、監房の外に出られるなんて」

    秋元「そうだね。こんなとこにずっと閉じ込められてるよりはまぁ…」

    小林「それに香菜、最近友達できたんだ」

    秋元「は?」

    小林「お風呂の横の壁でおでこを冷やすと気持ちいいんだよ。香菜そこでよく会話するようになったの」

    秋元「え?誰と?」

    小林「壁と」

    218 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:28:04.64 ID:/Pt7oAeUO
    秋元「へ、へぇ…まぁいいんじゃん?香菜らしくて…」

    秋元はなぜか力強く頷くと、よく理解できない友人の背中から、目を離した。

    ――自由時間が来たら、また懲罰房行きのメンバーが発表される…。

    秋元もまた、大島と同じく、懲罰房行きになったメンバーが選ばれた理由について考えていた。

    ――たかみなにまりやんぬにらんらん…共通点がなさすぎる…。どうして?どうしてあの3人が懲罰房行きに選ばれたの?

    秋元はそのことについて、自由時間の間に大島と話し合うつもりであった。
    何かヒントが見つかれば、そこから脱獄の方法を思いつくことができるかもしれない。
    秋元もまた、脱獄については諦めていなかったのだ。

    219 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/27(月) 22:30:02.94 ID:/Pt7oAeUO
    小林「あ、開いた開いたぁ」

    小林のはしゃぎ声が聞こえ、秋元は脱獄についての考えを中断する。

    小林「早く壁のとこ行こ~」

    小林の言葉に、秋元はなんとなく監房の壁を見上げた。
    そこにかけられた時計の針は、6時53分を示している。

    ――自由時間まであと7分ある…。この時計壊れてるのかな…。

    監房の扉はいつものように自動で開かれていた。

    小林「あれ?才加、出ないの?」

    すでに通路へ出た小林が、不思議そうに秋元を振り返る。

    221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 22:40:29.19 ID:4hgH57Br0
    続きが楽しみ

    222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 23:03:43.40 ID:6TEztLzh0
    支援

    226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/27(月) 23:13:40.71 ID:4hgH57Br0
    更新まだかな
    眠くなってきたなー

    234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 00:58:53.96 ID:VtggC5Pa0
    小林「壁と」
    (´;ω;`)ブワッ

    235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 01:25:32.96 ID:/sf/XQRS0
    誰にもレスをせず淡々と続けてるのが怖いわw

    236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 01:34:05.33 ID:dfoewigg0
    とりあえず早く続きか見たい(#^.^#)

    248 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:46:31.78 ID:G6QBJFYg0
    おはようございます。
    保守してくださった方、ありがとうございます。
    今日は一日更新できるので、一気に進めたいと思います。
    一応書き溜めしてあって、完結もしてますが、たぶん今まで書いた中で一番長い話なので、
    ラストまで行けるかどうか微妙です。。

    249 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:47:09.68 ID:G6QBJFYg0
    秋元「え?あぁうん…この時計おかしくない?自由時間まであと7分もあるのに…」

    小林「でももう扉開いたし、出てもいいってことでしょ?」

    秋元「そうだけど…なんか引っかかるなぁ…。おとなしくしておいたほうが、」

    秋元が忠告している最中、突然頭上からけたたましいサイレンの音が振ってきた。

    小林「うるさっ…」

    小林が丸い目を細め、迷惑そうに天井を見る。

    秋元「これ…いつものサイレンの音と違う…」

    小林「え?」

    秋元「このサイレンまるで…あっ!!まさか…」

    秋元が何かに気付き、立ち上がった。
    素早く監房の外へ飛び出す。
    と同時に、放送がかかった。

    250 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:48:11.47 ID:G6QBJFYg0
    『火災が発生しました。火災が発生しました。火災が…』

    音声は狂ったように同じ言葉を繰り返していたが、やがて止まった。

    小林「火事?火事?どうしよう…」

    小林がおろおろと周囲を見渡す。

    小林「火って何で消えるの?ほらチョークの粉みたいなやつ」

    秋元「消火器だ!消火器を探そう。火元はどこ?」

    小林「厨房かな…」

    秋元「いや、それより早くここから避難したほうがいいかも…」

    通路には囚人達が次々と飛び出し、泣き出す者、何か叫んでいる者、呆然と立ちすくむ者とが入り混じっている。
    まさに地獄絵図だ。

    板野「才加…」

    階段を駆け下り、板野がやって来た。

    251 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:49:10.02 ID:G6QBJFYg0
    板野「どうなってるの?火事って…厨房?ともーみ達大丈夫かな?」

    秋元「早くみんなを避難させないと…」

    板野「うん」

    板野が地下への階段へ向かおうとすると、上からバタバタと数人の看守が下りてきた。

    内田「大丈夫です!火は消えましたー」

    中田「火元は看守の部屋です。みんなそこから動かないでくださーい」

    片山「じゃないとまた片山達が低周波流されちゃうと思うから」

    高橋「火事って…看守はみんな無事なの?」

    内田「え?えーっと…」

    大島「どうして火事なんてなるの?看守何してんだよー」

    中田「ごめんごめん…」

    やってきた3人はまだ状況が飲み込めていないようで、囚人達から飛ばされる質問に、うまく答えられないでいる。
    とりあえず現場を鎮めるためだけに下りてきただけなのだ。

    252 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:50:03.32 ID:G6QBJFYg0
    高橋「こんな監禁された中で火事なんて起こしたら、みんな丸焼けだよ?理由をちゃんと説明して!」

    宮澤「看守の部屋には消火器あったの?」

    秋元「火って怖いよ。ちゃんと消さないと、気がついた時には炎になってて手遅れなんてこともあるんだから!」

    秋元がよく通る声でそう指摘すると、看守の3人は互いに顔を見合わせ、言葉に詰まった。

    高橋「本当に大丈夫なんだよね?」

    高橋が試すような視線を送る。
    それはよく他人から睨みつけていると勘違いされてしまう表情だった。

    前田「たかみな!」

    その時、前田が小気味良いステップで階段を駆け下り、囚人達のもとまでやって来た。

    高橋「あっちゃん!大丈夫だった?」

    板野「火傷とかしてない?みんなは?」

    瞬間、高橋と板野に囲まれ、前田は困ったような笑顔を浮かべる。

    前田「ごめんね。みんな平気だよ」

    253 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:50:53.75 ID:G6QBJFYg0
    高橋「何があったの?」

    前田「うん、ちょっと…。とりあえずみんな看守の部屋に来てくれるかな?頼みたいこともあるし」

    高橋「いいよ。よし、みんな行こう」

    高橋は前田と並び、階段を上がった。
    板野もその後ろを追いかける。
    そこではたと気付いた。

    板野「あれ?でも看守の部屋って、囚人は立ち入り禁止だよね?入っていいの?あたし達が入ったら、また低周波が…」

    板野が尋ねると、前田は足を止め、振り返った。

    前田「大丈夫。看守の命令は絶対なんだよ。てことは看守が部屋に入れって命令したんだから、低周波なんて流されないよ。たぶん」

    板野「あ、そっか」

    板野はあっさり納得すると、階段を上った。
    看守の部屋は2階である。

    ――あっちゃん…うまいこと考えたな…。

    囚人は看守の命令に背くことができない。
    看守である前田が、自分達看守の部屋へ囚人が来るよう命令したことにすれば、この場合低周波を流されることはないのだ。

    254 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:51:36.37 ID:G6QBJFYg0
    前田「こっちが看守の部屋。入って入って」

    前田は2階に上がると、すぐ手前のドアを開き、囚人全員を中に招きいれた。

    板野「これって…」

    看守の部屋に入った板野は、まずその快適さに驚いた。
    自分達囚人の部屋とは大違いだ。
    ゲームやソファ、床にはカーペット。それにポットやお茶の類まで用意されている。
    しかしそんな扱いの違いに驚かされたのは一瞬で、すぐに部屋の中の、ある一点に視線が奪われた。

    高橋「どうしたのこれ?」

    高橋が目を丸くする。

    高橋「それにこの床…てゆうかこの部屋全体、水びたしじゃん」

    大島「ひどいな…」

    看守の部屋は隅のほうに置かれた椅子とクッションが焼け焦げ、さらに部屋全体が雨に降られたようにぬれていた。

    255 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:52:28.50 ID:G6QBJFYg0
    篠田「炎を感知したら、上から水が降ってくるみたいでさ、火事だとわかった次の瞬間には、この通り」

    部屋には看守全員が集まっていて、中の1人、篠田が説明した。
    その物言いには、今更起きてしまったことをとやかく言っても仕方がないという潔さが含まれている。

    秋元「みんな無事みたいだから良かったけど…」

    板野「なんで火事なんか…」

    宮崎「ごめんなさい」

    突然、看守の間から宮崎の声が上がった。
    続いて小森の泣き声が洩れ聞こえる。

    高橋「えっ…?」

    宮崎「あたしがローソクなんか使おうとしたから…」

    小森「わたしがローソクに火をつけたんです。部屋を出る時消したつもりだったんだけど…くぅーん」

    256 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:53:19.55 ID:G6QBJFYg0
    高橋「2人が火を消し忘れたの?」

    松原「ううん、あたしも一緒にいた。あたしがちゃんと確認していれば良かったのに」

    佐藤す「あたしも…ごめんなさい…」

    多田「ごめんなさい」

    指原「えぇ?愛ちゃん大丈夫?怪我ない?」

    多田「大丈夫」

    すっかりしょげかえる5人の様子と、小火で済んだこともあり、ようやくそこでメンバーは安堵の息をついた。

    高橋「いいよいいよ。ごめんね、責めてるわけじゃないから。誰にでも失敗はあるし」

    大島「まぁ何はともあれ、みんな何事もなかったんだからよしとしない?」

    高橋が慌ててフォローに入り、大島が明るく笑い飛ばす。

    板野「それであっちゃん…お願いって言うのは?」

    板野は一足先に冷静さを取り戻し、前田に尋ねた。

    257 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 07:54:09.56 ID:G6QBJFYg0
    前田「あ、そうだ。あのね、この部屋水びたしでしょ?拭くの手伝ってもらえないかな?」

    板野「でも…布団とかどうするの?」

    峯岸「布団なら替えがあるから今日のところは大丈夫」

    板野「そうなんだ。何で拭けばいい?ぞうきんは?」

    前田「あ、ともちん手伝ってくれるのー?」

    前田はうれしそうに板野の腕を組んだ。

    板野「しょうがないじゃん。だってこれじゃあ、看守のみんな眠れないでしょ」

    板野が淡々とそう口にする。

    高橋「みんなでやれば仕事は速いよ。早く拭いちゃおう」

    宮澤「うんうん」

    篠田「みなみ…佐江ちゃんありがとう。みんなも悪いね」

    小嶋「いいよー」

    こうしてメンバー達は手分けして、看守の部屋についた水滴を拭き取る作業に取り掛かった。
    細かいところまで気にしていくと、なかなか時間がかかり、すべての作業が終わった時には、自由時間終了15分前になっている。

    258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 07:56:40.59 ID:60kgOQ3yO
    ふむふむ

    259 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 07:58:49.00 ID:58HWYykmO
    大島「うわっ、もうこんな時間!」

    小嶋「疲れたよー」

    大島「にゃんにゃん、あたしの監房に来て休もう」

    小嶋「うん」

    看守がお礼を言うと、囚人達は残り少ない自由時間を楽しむため、それぞれの監房へと帰って行った。

    260 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:01:47.18 ID:58HWYykmO
    第14監房――。

    前田亜「…っうーん…」

    前田亜美はベッドに寝転がると、大きく伸びをした。

    大家「亜美、疲れた?」

    大家が心配そうにそんな亜美の顔を覗きこむ。

    前田「大丈夫です。座り作業が続いてたから、なんか体動かせて逆に気分がいい」

    大家「あぁ、それはあるね」

    大家が納得顔で頷く。
    そこで大家のベッドから情けない声が洩れてきた。

    指原「ふへぇぇぇ…」

    大家「あ、さっしー居たんか」

    指原「指原冷え性なんだよ。水触ってたから指先が冷たい」

    大家「どれ、手貸して。しいちゃんがあっためてやるけん」

    大家は手を伸ばすと、指原の指先を包んだ。

    261 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:04:00.75 ID:58HWYykmO
    指原「おっ、しいちゃん手温かい」

    大家「そうやろ」

    大家が得意げな笑みを浮かべる。
    その時だった。
    例の音声が流れ始める。

    『報告が遅れて申し訳ありませんでした。本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第7監房の…』

    指原「嘘っ!」

    大家のベッドにもぐりこんでいた指原が、がばりと起き上がる。
    その顔はすでに青くなっていた。

    指原「指原達の房だ…やだ…」

    指原は頭を抱えた。

    『第7監房の…島崎遥香さん。これから看守が迎えに行きます。速やかに自分の監房へ帰り、看守の案内に従ってください』

    262 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:08:06.87 ID:58HWYykmO
    指原「ぱるる…が…嘘でしょ…」

    そう言いながら、指原はどこかでこの結果を予感していた自分に気付く。
    いつかは自分か島崎が懲罰房行きになるだろうと思っていたのだ。
    へタレかぽんこつか…どちらにせよ懲罰房に入れられるだけの理由があると、指原には半ば覚悟している部分があった。

    前田亜「さっしー…」

    大家「大丈夫?」

    指原はそれでも、体の震えを止めることができない。

    ――そんな…あんなか弱い子が懲罰房だなんて…。

    ついに泣き出した指原の目を、大家はハンカチで拭ってやる。

    大家「あぁもう泣くな泣くな」

    指原「うぇっ…」

    亜美は情けない先輩の姿を、心配そうに見つめていた。

    前田亜「ん?」

    そこで、天井の辺りからノイズ音が小さく洩れていることに気付く。
    まだ放送のスピーカーは切られていなかったのか。

    前田亜「変なの…」

    亜美が小さく呟いた時、音声は衝撃的な事実を告げた。

    263 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:11:07.51 ID:58HWYykmO
    『それから本日はもう1人、懲罰房行きとなる方がいらっしゃいます』

    前田亜「えぇ?もう1人って…」

    機械的な音声に対して、あちこちの監房からうろたえる声が聞こえてくる。
    亜美はごくりと唾を呑んだ。

    『看守の中に、重大なルール違反を犯した方がいます。看守はきちんと囚人を決められた監房へ収容しなければなりません。囚人は自由時間以外、他人の監房へは入ってはならない決まりです。しかしそういった行為を黙認した看守がいます』

    『倉持明日香さん、あなたは第10監房の囚人が、第7監房で眠ることを許可しましたね?これはルール違反です。よって、本日は倉持さんにも懲罰房へ入っていただくことになります』

    大家「なんでもっちぃが?」

    前田亜「第7監房って…さっしーじゃないですか?」

    大家「え?どうなってんの?」

    指原「そんな…どうしよう…全部、指原のせいだ…もっちぃ…」

    指原は両手で顔を覆うと、嗚咽を洩らした。

    264 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:13:56.61 ID:58HWYykmO
    大家「何があったん?何でもっちぃまで懲罰房なの?」

    指原「2日前…まりやんぬが懲罰房へ入れられることが発表されて…まりやんぬと同じ第10監房のあきちゃが不安そうにしてたから、今日だけ指原の監房であきちゃも一緒に眠らせてあげてほしいって、点呼に来たもっちぃにお願いしたんだよ…」

    前田亜「そんな…」

    指原「そうしたらもっちぃがあきちゃを指原の監房までつれて来てくれて…こんな…こんな大事になるなんて…」

    大家「たぶん、うちらをここに監禁している奴にとって、自分の決めたルールは絶対なんやろ。例え看守でも、ルールを破れば懲罰房に入れられる…」

    指原「どうしよう…どうしようもっちぃに悪いことしちゃった…」

    大家「……」

    耳を澄ますと、すぐ下の通路を歩く足音が聞こえてくる。
    足音は4つ。
    おそらく看守の2人と、倉持。そして島崎の足音だろう。
    懲罰房へ向かっているのだ。

    265 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:16:00.57 ID:58HWYykmO
    高城「明日香ちゃーんっ!!」

    どこからか、高城が倉持のことを呼んでいる。
    高城には珍しく、涙声だ。

    高城「明日香ちゃんごめん、ごめんねー」

    高城の言葉に、倉持が何か言っている。
    しかし指原の耳には果たして倉持が何を言ったのか、聞き取ることができなかった。

    ――でも、聞かなくてもわかる。

    指原は確信していた。
    「大丈夫だから、心配しないで。あきちゃのせいじゃないよ」
    優しい倉持は、きっとそう言って高城を安心させようとしたのだろう。

    ――もっちぃはそういう人だ…。例え指原が相手だったとしても、絶対に恨んだり、怒ったりしない…。

    指原は倉持に対してやりきれない思いで、乱暴に目元を擦ると、涙を拭った。

    267 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:18:07.45 ID:58HWYykmO
    大家「さっしー、そろそろ自由時間終わるよ」

    大家が言いにくそうに告げた。
    このまま指原をひとりにするのがいたたまれないのだ。

    指原「あ、じゃあ指原もう監房に戻るよ。ありがとしいちゃん、亜美」

    指原は無理に笑顔を作って、第14監房を後にした。
    下へ降りるため階段に向かっていると、背後からバタバタと足音が聞こえてくる。

    指原「え?」

    前田亜「さっしーちょっと待ってください」

    振り返ると、亜美が慌てた様子で追いかけてきていた。

    268 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:19:48.57 ID:58HWYykmO
    指原「ん?どうしたの?」

    前田亜「点呼が終わって15分経ったら、監房の壁を押してみてください。壁に切れ込みがありますよね?」

    指原「切れ込み…あぁあるねぇ。隙間風が冷たくて…」

    前田亜「約束ですよ。絶対に壁を押すこと。忘れないでくださいね。それ以外の時間は目立つから、押さないほうがいいと思います」

    指原「え…何言っての亜美…」

    指原は亜美の言っていることがまったく理解できないでいた。

    ――壁を…押す…?

    指原の混乱をよそに、亜美は満足気に頷くと、さっさと自分の監房へ戻ってしまった。
    残された指原は少しの間、その場で考え込んでいたが、やがて我に返り、慌てて自分の監房へ、階段を駆け下りた。

    269 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:23:06.10 ID:58HWYykmO
    自由時間終了後、第4監房――。

    高橋「らんらんっ!!」

    島崎倉持の2人と入れ違いに、懲罰房から解放された山内は、青い顔をして監房へ戻ってきた。

    高橋「大丈夫?すぐに横になったほうがいい。体がふらつくでしょ?」

    すでに懲罰房での地獄を経験している高橋には、その辛さがわかる。
    耳をやられると、うまく体のバランスを取ることができないのだ。
    おそらく高橋の声はほとんど山内の耳に届いていないのだろう。
    山内はぼおっとした表情で、高橋の身振りを確認すると、ベッドに横になった。

    高橋「今は我慢して。明日の朝には結構回復すると思うから」

    山内「はい…」

    まだ幼さの残る山内の顔は、昨日とは別人のようにやつれていた。
    高橋は山内が目を閉じたのを確認すると、ふっとため息をつく。

    高橋「ひどい…」

    270 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:24:55.18 ID:58HWYykmO
    高橋はそれから苛立った様子で狭い監房内を歩き回った。
    監禁されるにしても、もう少し囚人の扱いを改善することはできないものか。
    いや、それだったら看守に対しての低周波措置も取りやめにしてほしい。
    一体自分達は何のためにここへ監禁されているのだろう…。

    考え出すと、怒りと恐怖が倍増するだけだった。
    しかし考えずにはいられない。
    果たして自分達は、ここから本当に解放してもらえるのだろうか。

    山内「あの…たかみなさん…?」

    高橋が何度目かのため息をついた時、山内のか細い声が聞こえた。

    高橋「何?」

    山内「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど…」

    山内は耳に残る違和感で、うまく話すことができない。
    少しずつ区切りながら、高橋へ問いかけた。

    271 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:29:36.31 ID:G6QBJFYg0
    山内「今日の懲罰房はぱるるでしたけど、何かあったんですか?ぱるるはどうして懲罰房に…?」

    高橋「さぁ、看守がどういう基準で懲罰行きのメンバーを選んでいるのかまったくわからないんだよね。たぶん…ぱるるは作業が遅かったからじゃないかな」

    山内「作業が遅いと懲罰房に入れられちゃうんですか?じゃああたしやたかみなさんも…?」

    高橋「どうだろう。あたしは自分で言うのもなんだけど、速いほうだと思うんだよね。ただ、ちょっと仕上がりが雑だったのかも」

    山内「そうですか…」

    高橋「?どうしたの?」

    山内「いえ、もう懲罰房には絶対入りたくないなって思って…これからどういうところに気をつけて作業していったらいいか知りたかったんです」

    高橋「そうだよね…。でももう大丈夫だよ。1回入ればしばらくは…うーんどうかな…」

    高橋はそこで頭を悩ませた。
    ここから解放されるには、1人の囚人が5回懲罰房に入らなければならない。
    ということは、誰にでも最高で5回は懲罰房へ入れられる危険性があるのだ。

    272 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:29:59.17 ID:G6QBJFYg0
    山内「あ、ごめんなさい。あんまりそういうの気にしてたら、何も出来ませんよね。すみません…もう寝ます」

    高橋の様子に気を遣ったのか、山内は自分から話を切り上げ、毛布をあごの下まで引っ張った。

    高橋「あ、ごめんね疲れてるよね。おやすみ」

    山内「おやすみなさい…」

    山内が再び目を閉じてからも、高橋はしばらく、今後について考えていたが、いつしか睡魔に襲われ、ベッドに突っ伏した。
    すぐに深い眠りへと落ちていく。
    一方山内は、高橋の寝息の気配を感じながら、じっと天井を眺めていた。

    ――もう絶対にあんな…懲罰房になんて入りたくない。ひとりぼっち真っ暗な部屋の中で、眠ることもできず…あんなとこにいたら頭がおかしくなってしまう…。

    山内は決心した。

    ――だとしたら、誰か1人に犠牲になってもらえばいい。誰かがみんなの代わりに懲罰房へ入ってくれれば…。

    273 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:31:08.18 ID:G6QBJFYg0
    数分後、点呼の時間――。

    前田「たかみなー?寝てるのか。らんらんちゃんも寝てる。ま、いっか、2人ともいることだし」

    前田は第4監房の前で、小さくひとり言を口にした。
    点呼といっても、いちいち相手に返事をしてもらうわなくてもいいだろうと前田は考えている。
    とりあえず全員がちゃんと自分の監房に入っていれば良しとしよう。
    そういう考えなので、前田が行う点呼は早い。
    次々と監房を覗いて、囚人を確認していく。
    そして、第9監房の前まで来た。

    大島「あ、あっちゃんが今日の点呼担当なんだ。良かった」

    前田が顔を出すと、大島は待ちかねたように格子扉に飛びついた。

    前田「どうしたの?」

    大島「ちょっとあっちゃんに聞きたいことがあったんだよ。明日聞こうと思ってたけど、ちょうど良かった。今ちょっといい?」

    前田「?いいよー」

    前田は首をかしげながら、間延びした声を出した。

    274 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:32:08.35 ID:G6QBJFYg0
    大島「あのさ、今日の小火…あれってどうしてああなっちゃったの?」

    前田「それはみゃお達のローソクの火が…」

    大島「そうじゃなくて。なんでああなるまで、看守は気付かなかったの?みんな看守の部屋にいたんじゃないの?」

    前田「え?いないよ」

    大島「じゃあどこにいたの?看守の部屋は空だったってこと?」

    前田「?うん。みんないろいろ仕事があったし」

    大島「仕事?てか前から気になってたんだけど、看守って作業の時間以外、何やってるの?」

    前田「あ、ゲームしてるよゲーム」

    大島「いやそういうんじゃなくて、ほら、囚人の監視以外に仕事があるんでしょ?」

    前田「あぁ、鍵が破られてないかの確認とか、洗濯とかお風呂掃除とか」

    大島「鍵の…確認ねぇ…」

    前田「うん?あ、優子まだ外へ出る道を探してるの?」

    大島「当たり前じゃん」

    275 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:33:03.17 ID:G6QBJFYg0
    前田「でも看守は定時のチェックで、小まめに施設内を見回ってるよ。だから鍵が壊されたり、外されたりしてたらすぐに気付かれちゃうと思う」

    大島「…そうみたいだね…」

    前田「あ、思い出した!あたし今から布団を乾燥機に入れるの手伝う約束してたんだった!みぃちゃん1人じゃ大変だから」

    大島「そうなの?ごめんね引き止めて」

    前田「ううん、いいよ。じゃあまた明日ね。おやすみー」

    前田は手を振ると、次の監房の点呼へと歩いて行った。
    大島は何か考え込みながら、格子扉の外を睨んでいる。
    そんな大島の背後から、仲俣が声をかけた。

    仲俣「何か…思いつきましたか?脱獄の…」

    大島「ううん、さっぱり。あっちゃんのおかげで色々と話を聞くことはできたけど、知れば知るほど脱獄が不可能に思えてくるよ」

    仲俣「ほんとですね…」

    大島「でもあっちゃんの情報はありがたい。また明日ゆっくり、話を聞けば、脱獄についてのヒントが得られるかもしれない」

    仲俣「はい」

    276 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:34:09.76 ID:G6QBJFYg0
    点呼終了後――。

    指原「そろそろいいかな…」

    指原は壁際に寄ると、隙間風の吹く切れ込みの辺りを探った。

    指原「亜美、壁を押せって言ってたけど、何か意味あるのかな?」

    不思議に思いながら、そっと壁の辺りを押してみる。
    すると、押した部分がくるりと倒れてきた。

    指原「うわっうわっ…」

    慌てて元に戻そうとして、気がついた。
    壁はごみ箱くらいの大きさで、正方形に手前側に倒れてくる。
    それはある一定のところで止まった。

    ――何これ…郵便受けみたい…。

    小柄な指原は壁にできた隙間から、頭を通すことができる。
    試しに上半身だけ突っ込んで、壁の内側を観察してみた。
    中は上下に、細い通り道のようになっている。

    277 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:35:29.48 ID:G6QBJFYg0
    指原「何これ?何のための通路?人…は通るわけないし…」

    指原が首をかしげたと同時に、何かが上から落ちてきた。

    指原「ひぃっ…!」

    咄嗟に目を瞑り、手で顔を覆う。
    その手に、何か軽い物が当たった。

    ――これ…紙?上から落ちて来たの?

    指原は一旦壁から離れ、ベッドに腰を下ろした。
    バクバクと脈打つ心臓を撫でながら、手にした紙を開いてみる。

    指原「?手紙…?」

    それは、亜美が書いた指原へのメッセージだった。

    278 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:36:59.42 ID:G6QBJFYg0
    『さっしーへ
    驚きましたか?
    これ、上から洗濯物を落とすために作られた特別な管だそうです。
    あたしの部屋にも壁に切れ込みがあって、いろいろ触ってたら気がつきました。
    あたしとさっしーの部屋は角部屋で、しかも上下に位置してるから、この管を使えば手紙のやりとりができるんですよっ!
    それから、もっちぃさんのことは気にすることないと思います。
    全部が全部自分のせいだなんて思ってたら駄目ですよ!!
    もっちぃさんはきっと、指原さんのこと恨んでいないと思います。
    それより、悪いのはこんなルールを押し付けて、あたし達をここに監禁している人です。
    その人はさっしーや、みんなが苦しんだり悲しんだりしているのを見て、喜んでいるんじゃないですか?
    だったら、あたし達に出来ることは、笑ってやることです。
    笑って、みんなで仲良く監禁生活を乗り切って、こんな状況を作りあげた犯人をがっかりさせてやるんです。
    あと、あたしはさっしーの笑顔が大好きです。

    亜美

    PS.この手紙を読み終わる頃に、今度はしいちゃんからのメッセージを落とします。
    ちゃんと受け取ってくださいね!』

    279 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:38:41.94 ID:G6QBJFYg0
    亜美からの手紙を読み、指原の涙腺はすでに緩みきってしまった。

    指原「ありがとう…亜美…」

    健気な亜美は、日頃お世話になっている先輩を元気付けることができないかと考え、こんなサプライズを用意したのだった。
    それにしても、まさかこの壁の向こうにそんな管が備わっていたなんて、まったく気がつかなかった。

    指原「あ、そうだ!しいちゃんからのメッセージ…」

    指原はそこで、亜美からの手紙の一文を思い出し、再び壁際に寄った。
    さっきと同じように、上半身を管の中へ出して、上を見上げる。
    しばらくすると、上からまた何かが落ちてきた。
    今度のは重く、手紙というわけではなさそうだ。
    指原はそれをなんとかキャッチし、切れ込みを元の壁と同化するよう戻した。
    それから、大家からのメッセージというその物体を観察する。

    ――これ…ICレコーダー?

    指原を再生のスイッチを押してみた。
    少しの無音の後、唐突に大家の音声が再生される。

    280 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 08:40:02.08 ID:G6QBJFYg0
    大家『指原元気ー?これ、しいちゃんが持ってたICレコーダーなんよ。驚いた?』

    指原「しいちゃん…なんでこんなもん持ってんだよ…」

    思わず吹き出すと、目からぽろりと涙がこぼれた。

    大家『亜美が手紙だから、しいちゃんは声のお手紙にしてみましたー。しいちゃん意外とロマンチストやけん、あ、自分で意外とって言っちゃった』

    大家の音声は、それから長々とくだらないことを喋り、最後に亜美同様、指原を元気づける言葉で締めた。

    指原「しいちゃん、ありがとう…」

    涙声になりながら、指原はぽつりと呟いた。
    島崎が懲罰房に入っているので、監房の中は指原1人だけだ。
    しかし、亜美と大家のサプライズメッセージにより、指原はなんだか2人が傍にいてくれているような気分になった。

    281 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:49:05.60 ID:58HWYykmO
    指原「あ、指原も返事送らなきゃ…」

    しかし、壁の向こうの管は、洗濯物を上から落とすためだけに作られたものである。
    第7監房の指原が、第14監房にメッセージを送るには、かなり力を入れて手紙なりICレコーダーなりを上へ向かって投げなければならない。
    自分の身体能力に自信のない指原は、そのことに気付き、あっさりとメッセージを返すことを諦めた。

    ――明日、直接お礼を言おう…。なんか照れ臭いけど。

    指原はそう考えて、ベッドに入ろうとした。
    その時、やはり気になって、通路の向こう、懲罰房のドアに目をやった。

    指原「あの中にぱるるともっちぃが…」

    やはり監房の先が懲罰房という環境は精神的に良くない。
    見ないようにしていても、ついつい視線はそちらを向いてしまう。
    そして一度見てしまうと、中にいるメンバーのことが心配になってきてしまう。

    指原「……?」

    懲罰房は4つあり、指原のいる第7監房の位置からはそのうちの2つのドアが見えるようになっている。
    建物自体がコの字形になっているからだ。
    指原は今、2つの懲罰房のドアを凝視し、身動きできないでいる。

    ――あのドア…下から明かりが洩れてる…。

    282 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:51:47.73 ID:58HWYykmO
    懲罰房の中は明かりが消され、真っ暗だと聞いていた。
    しかしこれはどういうことだろう。
    なぜ明かりが洩れているのか…。
    しかも一方のドアからは明かりが洩れ、その隣からは洩れていない。

    指原「あ、そうか」

    だが、考えてみると当然だ。
    現在懲罰房の中にいるのは島崎と倉持。
    倉持は囚人ではなく看守だ。
    きっと看守だけは明かりをつけることを許されているのだろう。
    それはそれで不公平な気もするが、とりあえず指原は安心した。

    ――良かった、もっちぃ…。懲罰房の中でも、明かりがついていれば少しは恐怖の度合いが違うよね…。

    指原は倉持と島崎のことを思いながら、眠りについた。

    283 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 08:54:54.21 ID:58HWYykmO
    一方、第6監房では――。

    宮澤「萌乃まだ寝ないのー?」

    宮澤は二段ベッドの上段から身を乗り出すと、床で何やら作業をしている仁藤に声をかけた。

    仁藤「うん、もうちょっと」

    仁藤は自分の手元から顔を上げずに返事をした。

    宮澤「また消しゴム彫ってるの?」

    仁藤が手を動かすような細かい作業が好きで、以前から消しゴムでハンコを作ったりしていることは知っていた。
    しかし細かい作業ならば、明日の囚人の仕事で嫌でもやらされる。
    さらには今のような監禁された状態で、いつものように趣味に興じられる仁藤の神経が、宮澤には理解できなかった。
    ついつい呆れた声を出してしまう。

    宮澤「もうそのくらいにしておけば?目が悪くなるよー」

    宮澤の口調に、仁藤は少々むっとした声で返した。

    仁藤「大事なことなんだよ」

    284 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:00:04.59 ID:58HWYykmO
    宮澤「そんなの解放されればいくらでもできるじゃん。何も今やらなくても…」

    仁藤「佐江ちゃんにはわかんないよ」

    宮澤「ねぇー?怒らないでよ。なーに作ってるの?」

    仁藤の変化に気付き、宮澤は早めに空気を変えておいたほうがいいと判断した。
    明るい声で問いかけてみる。

    仁藤「うーん、まだ秘密。うまく出来るかわかんないし」

    仁藤はしかし、作業に集中したいのか、宮澤の問いに短く答えるだけだった。

    宮澤「あたしもう寝るよー?」

    仁藤「うん」

    宮澤「萌乃も、体調崩す前に切り上げなね」

    仁藤「うん。おやすみ」

    宮澤「おやすみなさーい…」

    宮澤は素っ気無い仁藤の態度に、これ以上の会話は諦め、布団にもぐりこんだ。
    目を閉じると、すぐにとろとろとした眠りに吸い込まれていく。
    意識が遠のく瞬間、下から仁藤がやすりを使う音が聞こえてきたが、やがてそれも気にならなくなった。

    285 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:01:54.54 ID:58HWYykmO
    《5日目》

    第5監房――。

    渡辺「亜美菜ちゃん…?何してるの?」

    早朝、目を覚ました渡辺は、熱心に鏡へ向かう亜美菜の姿を目にする。

    佐藤亜「あ、まゆゆ起きたっ。おはよー」

    渡辺「お、おはよう…」

    振り返った亜美菜の手には、ビューラーが握られていた。

    渡辺「メイクしてるの?」

    渡辺は寝起きで乱れた前髪を直しながら、問いかけた。

    佐藤亜「そうだよ」

    渡辺「え?なんで?」

    佐藤亜「うん…」

    亜美菜はそこで、一瞬だけ暗い表情を浮かべた。
    しかしすぐにきゅっと口角を上げ、笑顔を作る。

    286 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:06:45.98 ID:58HWYykmO
    佐藤亜「亜美菜ね、考えたの。こんな監禁生活…耐えられないよね」

    渡辺「うん」

    佐藤亜「だけど、どんな環境だって、楽しくするかつまらなくするかは自分次第だと思うんだ。監禁されてたって、亜美菜はなるべく毎日を楽しく過ごしたい。そのためにどうしたらいいか」

    佐藤亜「まずは手始めに、きちんとメイクすることにしたの。メイクしてると、なんだか気持ちが明るくなるでしょ?」

    渡辺「そう…そうだね…」

    渡辺は亜美菜の言う理屈に、頭を殴られたような衝撃を受けた。

    ――楽しくするかつまらなくするかは自分次第…。

    亜美菜の言う通りだった。
    こんな状況で、暗い気持ちで過ごしていたら、ますます環境が悪化するばかりだ。
    渡辺は知らぬうちに、自分で自分を追い込んでいたことに気付いた。

    ――確かにこんな生活じゃアニメも見られないし、かわいい衣装を着ることもできない…。

    だけど、今の自分にできることを精一杯やろう。
    自分が納得できて、心から楽しめることを見つけよう。
    渡辺は鞄からスケッチブックを取り出すと、ぎゅっと胸の前で抱えた。

    287 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:08:38.52 ID:58HWYykmO
    渡辺「そうだね、亜美菜ちゃん。だったらわたしはイラストを描くよ。ちゃんと好きなことする。文句ばかり言って何もしないより、好きなことをしていたほうが、解放までの時間を短く感じることが出来るよね」

    佐藤亜「そうだよ。あ、じゃあまゆゆも前髪セットしてあげようか?」

    渡辺「それは自分でやる」

    佐藤亜「こだわりますねぇ~。じゃあメイクしてあげようか?」

    渡辺「いいの?」

    佐藤亜「いいよいいよ。さ、こっち座って。良かったー、亜美菜メイクセット一式持ち歩いてて」

    渡辺「え?これは?」

    亜美菜の示したところに座ると、渡辺の前にずらりとメイク道具が広げられた。
    ブラシやチップ、コットンなどと一緒に、なぜかライターも並べられている。

    288 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:10:50.93 ID:58HWYykmO
    渡辺「ライターなんて、何に使うの?」

    佐藤亜「あ、それ?それはねぇ…こうやって使うんだよ」

    亜美菜はそう言うと、ライターを手に取り、火でビューラーを炙りはじめた。

    佐藤亜「こうしてビューラーを温めてから使うと、カールが長持ちするんだっ」

    渡辺「へぇ、知らなかった」

    佐藤亜「ホットビューラーみたいなもんだよ。じゃ、メイク始めるねー」

    渡辺「お願いしまーす」

    こうして渡辺と亜美菜は、数日ぶりにこの監禁生活で楽しい時間を過ごした。
    2人のいる第5監房からは、通路にまで明るい笑い声が洩れている。

    289 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:13:17.87 ID:58HWYykmO
    作業開始――。

    5日目の作業が開始された。
    島崎が懲罰房へ入れられたことで、囚人達の中では、作業スピードの遅い者が懲罰房行きになるのだという説が濃厚になっていた。
    昨日よりも気を引き締め、他の者に遅れを取らないよう、必死で作業をこなしていく。
    作業部屋の空気は張りつめたものへと変化した。
    そんな中、どうも作業に集中できないメンバーがいる。

    仲川「……」

    仲川は、体を動かしていないと調子が悪い。
    良くいえば元気、悪くいうなら落ち着きがないタイプだ。
    作業のほとんどは座り仕事であるため、仲川の性分では耐えられるはずもない。
    5日目にして、早くも限界が差し迫っていた。

    ――あかん遥香、めっちゃ作業ペース落ちとる…。

    290 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:15:20.76 ID:58HWYykmO
    1番に仲川の変化に気付いたのは増田である。
    増田は顔色の悪い仲川を心配して、さり気なく仲川の作業分を自分の分と混ぜた。
    自分では作業ペースが速いほうだと思っている。
    少しくらい仲川の分を手伝ったところで、支障はない。

    ――今日はうちがなんとかするけど、このままだと遥香、体壊すかもしれん…。

    増田は仲川の体調のことが気にかかった。
    日頃からよく体を動かしていた人間が、突然その運動をやめると、体調が悪くなったり、風邪を引きやすくなったりすることがある。
    仲川もそのようなケースに当て嵌まらないといいが…。

    そして、仲川の他にもう1人、様子のおかしいメンバーがいた。

    291 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:17:21.24 ID:58HWYykmO
    岩佐「…ハァ…ハァ…」

    岩佐は時折、作業する手を止めてこめかみを押さえている。
    頬は赤く、呼吸も荒くなっていた。
    体調が優れないのは明らかだが、まだ誰も、岩佐の変化に気がついていなかった。
    岩佐のすぐ傍に立つ小森は、何だか今日のわさみん鼻息荒いなくらいにしか思っていない。

    岩佐「……」

    とうとう岩佐は、机にひじをつき、頭を抱えてしまった。
    その時、岩佐の頭痛に追い討ちをかけるような大声が、作業部屋の中に上がる。

    山内「あー、もうみおりん?ちゃんとやってよー」

    それは、山内の声だった。
    全員が一斉に山内と、そして市川に注目する。

    292 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:19:14.89 ID:58HWYykmO
    大場「ちょっ、私語はやめなよ」

    山内「大丈夫、作業に関することだから私語じゃないよ」

    大場「……」

    山内「ほらみおりんのせいであたしが怒られちゃったじゃん!だいたいみおりん、作業ペース遅すぎ。みおりんがみんなの足引っ張って作業が時間内に終わらなくて、そうしたら看守の人達みーんな低周波になっちゃうんだよ?ちゃんとやってよ」

    山内は厳しい声で、市川を叱っている。
    市川は泣きそうになりながら、それでもなんとか笑おうとして、複雑な表情を浮かべていた。

    市川「え?遅いかな?ごめんなさい、わたすぃ皆さんのあすぃを引っ張らないように頑張ります」

    市川はまともに山内の言葉を受け止め、小さくガッツポーズをして気合を入れた。
    すかさず山内が嫌悪の表情を浮かべる。

    山内「そういうアピールいいから、ちゃんとやってよ」

    293 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:21:55.14 ID:58HWYykmO
    市川「えー?でもわたすぃもう半分は終わってるよ?」

    山内「駄目駄目、全然出来てないじゃん!」

    市川「えー?」

    山内は手を伸ばすと、市川の仕上げた作業パーツを弾いた。

    山内「ほら、ちゃんと接着されてないよ。これじゃあ出来たとは言えないでしょ?」

    市川「え?え?でもそれ、まだ乾かすぃてたところで…」

    山内「言い訳しないで!いい?ちゃんとやってって言ってんのっ!1人だけ手を抜くなんてずるいよ」

    市川「え?あ…すみません…」

    山内の剣幕に、市川は気まずそうに肩を落とした。
    それから囚人全員を見渡して、何度も頭を下げる。
    改めて作業を再開した市川は、今まで以上に集中して取り組んだ。
    そんな市川を見て、山内は密かに唇を歪ませる…。

    294 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:25:27.14 ID:G6QBJFYg0
    作業終了後、第12監房――。

    市川「……」

    結局市川は、山内の駄目出しを恐れて丁寧に作業していたため、作業終了時間間際まで気を抜くことができなかった。
    昨日と比べて、格段に作業ペースが落ちてしまったことに、自分でも気がついている。

    ――どうすぃよう…今日の懲罰房はわたすぃになるかもすぃれない…。

    そう考えると、市川の手は震えた。

    ――それに、らんらんはなんであたすぃのことあんなに怒ってたんだろう?

    ふと見れば、同室の先輩、小嶋はひょうひょうと爪にマニキュアを塗っている。
    乾かすためにふぅふぅと息を吹きかけている姿がなんとも色っぽく、市川の目には落ち着いた大人の女性として映った。

    ――小嶋さんに相談すぃてみようかな…。

    思い切って、小嶋に声をかけてみる。

    市川「あの、小嶋さん、ちょっといいですか?」

    295 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:26:15.40 ID:G6QBJFYg0
    小嶋「えー?」

    小嶋はくるりと市川のほうを振り返った。

    小嶋「なーにぃー?」

    市川「えっとぉ、今日の作業のことなんですけど、あたすぃらんらんに注意されちゃったじゃないですか」

    小嶋「えー?そうなの?いつ?なんで?」

    市川「え?聞いてなかったんですか?」

    小嶋「ごめん、途中までしか。なんだっけ?」

    市川「らんらん、なんだか急に怖くなって、あたすぃのこと目の敵みたいに怒って…」

    小嶋「それってみおりんが嫌われてるってことじゃない?」

    小嶋はあっさりとそう言い放った。
    市川が傷つくとかもしれないという考えは、小嶋の中にない。
    ただ、見たまま思ったままを口にしただけだった。

    市川「え?やっぱりそうなんですか?」

    自分でもなんとなく感じていたが、他人の口からはっきり指摘されると、やはりショックだった。

    296 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:27:09.92 ID:G6QBJFYg0
    小嶋「鈴蘭ちゃんに何かしたの?」

    市川「え?そんな、わたすぃなんにもすぃてないですよ」

    小嶋「じゃあなんでだろうねー?」

    市川「…わたすぃ…これからどうすぃたらいいですか?」

    小嶋「うーん、謝るとか?」

    市川「らんらんにですか?やっぱりそぉすぃたほうがいいですよね…」

    小嶋「うん」

    市川「でもわたすぃ、心当たりが全然ないんです…」

    小嶋「たぶんみおりんの何かが気に障ったんだよ」

    市川「そんな…」

    小嶋「とりあえずわかんなくても謝っとけばいいんだよ。それでも駄目なら相談しなね」

    市川「小嶋さんにですか?ありがとうございます」

    小嶋「ううん、たかみな。たかみなに言えば面倒臭いことなんでもやってくれるから」

    市川「……」

    297 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:27:50.80 ID:G6QBJFYg0
    やはり小嶋に相談したのが間違いだったのだろうか。
    結局市川にとって、小嶋は遥かに遠い先輩であり、別のチームの人間だ。
    小嶋の言うとおり高橋に相談するという手もあるだろう。
    高橋ならきっと何かしら動いてくれる。
    しかし、市川は今回のことを大事にはしたくないと考えていた。
    山内とは同じチームであり、今後も長く付き合っていくことになるだろう。
    なるべく穏便に済ませたい。
    市川はその幼い外見に似合わず、大人の考えを持っていた。

    ――チーム4同士のことは、やっぱり同じチーム4のメンバーに相談しよう。

    市川の心は決まった。

    298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 09:28:13.94 ID:viWbp3XB0
    小嶋さんwww

    305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 09:36:10.03 ID:0XMeYRrrP
    わたすぃで吹くw

    299 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:29:41.39 ID:G6QBJFYg0
    自由時間――。

    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第7監房の指原莉乃さん、これから看守が迎えに行きます。監房から出ずにお待ちください』

    自由時間開始とともに流れた音声。
    そこで今日の懲罰房行きを言い渡されたのは、指原だった。

    指原「嘘…あぁやっぱり…」

    以前から予期していたことだったが、やはりショックだった。
    そして、信じられないくらいの恐怖に襲われる。

    指原「やだ…怖い…行きたくないよぉぉぉ」

    指原はその場に崩れ落ちた。

    大島「指原ー!」

    板野「さっしー大丈夫?」

    決定を聞いた大島と板野が、第7監房に飛び込んでくる。

    指原「優子ちゃん…ともちんさん…」

    2人の顔を見ると、指原はせきを切ったようにしゃくり上げた。

    300 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:30:44.52 ID:G6QBJFYg0
    指原「懲罰房てなんですか?指原何されるんですか?怖いよぉぉうぇっ…」

    泣きじゃくる指原のもとへ、看守がやって来る。
    篠田だ。

    指原「あ、篠田さん…」

    篠田「ごめんさしこ、決まったことだから…」

    篠田は苦しそうにそう言うと、大島と板野に目で合図した。
    指原は観念して立ち上がると、篠田の後について懲罰房へ向かう。

    板野「……」

    板野は2人の華奢な後ろ姿を見送りながら、唇を噛んだ。
    指原は奥の懲罰房へ入れられ、代わりに手前の2つのドアから、島崎と倉持が出てくる。
    やはりこれまで懲罰房へ入れられた囚人同様、島崎と倉持はふらふらと歩いていた。
    篠田は倉持に手をかしてやりながら、大島と板野のもとまで戻って来る。

    篠田「ごめんね、あたしだって本当はこんなことしたくないんだけど…」

    大島「わかってる」

    板野「看守だもん、仕方ないよ…」

    倉持は時折頭を振りながら、そんなやりとりを聞いていた。
    島崎はいつにもまして青白くなっている。

    大島「遥香ちゃん、こっちで休みな」

    大島は第7監房に島崎を招き入れた。
    島崎のベッドがどちらなのかわからなかったが、汚いほうが指原だろうと思い、下段に島崎を寝かせる。

    301 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:31:38.65 ID:G6QBJFYg0
    板野「もっちぃ…その腕…」

    ふと視線を落とすと、倉持の腕には痛々しい痣が浮かびあがっていた。

    倉持「懲罰房の中でぶつけちゃって…」

    倉持はやはり耳をやられていて、喋りにくそうである。

    板野「そうなんだ…」

    篠田「行こうか。部屋で休んだほうがいいよ」

    篠田は辛そうな倉持を気遣い、優しく促した。

    倉持「うん」

    2人が去った後、板野は思い出して島崎に駆け寄った。
    ベッドに横たわった島崎は、浅い呼吸を繰り返している。
    額には点々と脂汗が滲んでいた。
    かなり苦しそうだ。

    302 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:32:27.01 ID:G6QBJFYg0
    大島「大丈夫?何か欲しいものある?」

    島崎「だい…じょうぶです…すみません…」

    板野「辛いなら喋らなくていいよ」

    島崎「平気…です…。大島さんと板野さんは、わたしに構わず…」

    島崎は先輩2人に気遣われている今の状況が居心地悪いのか、遠慮がちにそう言った。

    大島「放っておけるわけないじゃん。すごい汗かいて…」

    板野「あ、何か拭くもの…」

    大島「ハンカチ持ってる?ごめん遥香ちゃん、ちょっと鞄の中漁るね」

    大島は島崎の鞄を引き寄せた。
    島崎はがばりと起き上がると、大島の腕を掴む。

    303 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:33:07.42 ID:G6QBJFYg0
    島崎「本当に大丈夫ですから。それより自由時間…終わっちゃいますよ…。わたしは1人でも平気です…」

    大島「でも、」

    まだ何か言おうとする大島を、板野が制止した。

    板野「行こうよ優子。遥香ちゃん1人にしてあげよう…」

    板野は島崎を気遣い、第7監房を出ることにした。
    懲罰房の中で耳をやられ、おそらく近くで他人に喋られるのが辛いのだろう。

    大島「じゃ、じゃあ、何かあったら言ってね」

    大島は最後に優しく声をかけると、島崎のベッドから離れた。
    板野と並んで、第7監房を後にする。
    通路へ出ると、向こうから仁藤と大家が歩いてくるのが目に入った。

    大島「あ、遥香ちゃんなら今はちょっと…」

    仁藤「いえ、違うんです。ちょっとさっしーの様子が気になって…」

    仁藤はなぜか気まずそうに目を伏せる。

    304 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 09:34:27.37 ID:G6QBJFYg0
    懲罰房前――。

    仁藤「さっきもっちぃが言ってた。さっしーが入れられてるのは手前から3つ目のドアだって」

    大島達が行ったのを確認した後、仁藤と大家はこっそり懲罰房の前へとやって来た。
    本来であれば懲罰房の前は立ち入り禁止区域であり、囚人は近づくことができない。
    だから、誰にも見られず、早めに事を済ませる予定だった。

    大家「さっしー気付くんかな」

    仁藤「駄目もとでやってみる」

    仁藤は辺りを窺うと、そっと腰を落とし、ドアに身を寄せた。
    その時、背後から足音が近づいてきた。

    大家「あ…」

    松原「あれ?しいちゃん?どうしたの?」

    やって来たのは松原だった。
    腰の鍵束をじゃらじゃらと言わせ、近づいてくる。

    大家「えーっと…」

    大家は視線を泳がせ、頭の中で必死に言い訳を考えた。
    その時、松原の顔が苦痛に歪む。

    松原「痛っ…!」

    306 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:39:20.86 ID:58HWYykmO
    大家「まずい、低周波だ…」

    松原「ここ…立ち入り禁止区域になってるよね?お願い…早く離れて…」

    大家「ご、ごめんな…」

    大家は慌てて駆け出した。
    低周波が止まったのか、松原は脱力し、まだかすかに痛みの残る腕を擦る。
    遅れて仁藤が懲罰房のドアから離れ、大家のもとへ駆け寄った。

    大家「なっつみぃ平気だったー?」

    仁藤「ごめんねー」

    すこし離れたところから、2人は松原に声をかける。
    松原は引きつりながらも笑顔を作り、2人に平気だというところを見せた。

    大家「悪いことしちゃったなぁ…」

    仁藤「うん」

    大家「それで萌乃、あれはうまくいったの?」

    仁藤「たぶん平気。あとはさっしーが気付いてくれるかどうかだけど…」

    大家と仁藤は神妙な面持ちでこそこそと話しながら、その場を後にした。
    一連の様子を、大島が覗き見していたことにはまったく気付いていない…。

    307 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:43:46.51 ID:58HWYykmO
    一方その頃、第1監房では――。

    岩佐「ハァ…ハァ…」

    岩佐は荒い呼吸を繰り返していた。
    全身がだるい。
    頭がぼおっとする。
    寒いのか暑いのかすらわからない。

    鈴木紫「風邪…かな…。病院に行ったほうがいいよ」

    鈴木は岩佐の肩に布団をかけてやりながら、ため息を洩らした。
    自分の言った何気ない一言に辟易する。

    ――病院なんて…行けるはずない…。わかってるのに…。

    岩佐が体調を崩したのは今日の作業中からだった。
    少し休めば元気になるだろうと思っていたが、病状は悪くなる一方である。

    鈴木紫「どうしよう…」

    鈴木は肩を落とした。

    308 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:45:33.95 ID:58HWYykmO
    平嶋「ん?どうしたの?」

    その時、看守の平嶋と多田が顔を出した。

    多田「え?わさみん?平気?」

    多田が驚き、すぐに岩佐のベッドへ駆け寄る。

    鈴木紫「え?2人は…?」

    平嶋「さっき小森がね、わさみん鼻息荒いとか言うから、ちょっと気になって来てみたんだ」

    多田「熱あるの?わさみん」

    岩佐「……」

    平嶋はそっと岩佐に近づくと、額に触れた。

    平嶋「ひどいね…。完璧熱ある」

    平嶋が眉を寄せる。
    多田も平嶋の真似をして岩佐の額に触れ、自分の体温と比べてみようとしていた。

    309 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:49:05.99 ID:58HWYykmO
    鈴木紫「こんな状態だし、ここから出してもらえないかな?」

    平嶋「でも、どうやって?」

    鈴木紫「ここに監禁している人に言って、せめてわさみんだけでも病院に…」

    多田「え?ずるーい」

    平嶋「無理だよ。こっちから連絡する手段がないし」

    鈴木紫「そんな…このままだとわさみん…」

    多田「風邪こじらせちゃうよ。誰か薬持ってないかなー?」

    平嶋「頭痛薬くらいなら持ってる子いそうだけどね…さすがに風邪薬は…」

    鈴木紫「でも風邪とはわからないよ。念のためやっぱり病院に診てもらわないと」

    平嶋「そうだよね」

    平嶋は考えるような仕草を見せ、天井を仰いだ。
    多田はぎこちない手つきで、岩佐の汗を拭っている。
    その時、監房の扉がガラガラと音を立てて閉まった。

    平嶋「あ…」

    多田「閉まっちゃった!」

    310 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:50:41.85 ID:58HWYykmO
    鈴木紫「たぶん、自由時間が終わったんです」

    平嶋「そうなの?じゃああたし達一旦看守の部屋に戻るね」

    平嶋は慌てて鍵束から第1監房の鍵を探し、扉を開けた。

    多田「あたし、誰か薬持ってないか聞いてみる!」

    多田が通路に飛び出し、階段を駆け上がっていく。
    鈴木は、不安げに岩佐の顔を見つめた。
    すでに岩佐は昨日よりやつれたように見える。
    夕食もほとんど残していた。

    鈴木紫「なっちゃん…」

    平嶋「ごめん、何も出来なくて…」

    監房の外へ出た平嶋は、苦い顔をしてうつむいた。
    それからもう、岩佐を見ないようにして、階段へ向かう。

    311 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:53:27.93 ID:58HWYykmO
    看守の部屋――。

    平嶋と多田が遅れて看守の部屋へ戻ると、メンバーはすでに仕事の分担について話し合っていた。

    篠田「じゃあ鍵の確認はあたしとみぃちゃんで行くから、洗濯は…」

    梅田「いいよ。あたしやる。ね?みちゃ」

    野中「うん」

    篠田「じゃあ決まりだね。あと残ってるのは…あ、点呼に行かなきゃだよね」

    前田「あたし昨日点呼行ったよー」

    篠田「じゃああっちゃん以外の子で」

    篠田はさばさばと仕切り、分担を決定していく。
    メンバーをぐるりと見回し、誰か名乗り出ないか確認した。

    篠田「誰か点呼行ってきてくれる人ー?」

    平嶋「あ、はいっ!」

    平嶋が手を挙げた。

    312 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:55:14.65 ID:58HWYykmO
    前田「え?でもなっちゃん昨日洗濯の係やってくれたじゃん」

    平嶋「いいよいいよ。みんな疲れてるだろうし」

    篠田「本当にいいの?なんだったら誰か他にもやってくれる人…」

    平嶋「大丈夫。ね?らぶたん?」

    多田「へぇ?またあたしー?」

    平嶋「わがまま言わないの。いいから行こう」

    篠田「じゃあ2人お願いね」

    多田「うーん…」

    渋る多田を無理やり立たせ、平嶋は看守の部屋を出た。
    そのまま下に降り、第14監房へと向かう。

    篠田「え?」

    峯岸「あれ?」

    その時、後ろからついてきていた篠田と峯岸が同時に首をかしげた。

    313 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:57:14.05 ID:58HWYykmO
    篠田「なんでそっちから点呼取るの?1房から取ったほうがそのまま上に上がってこれて楽じゃない?」

    峯岸「うん、みんなそうしてるよね」

    平嶋「あ、面倒だから14から行って、最後に1の点呼取ろうかと思って。1房はほら、階段のすぐ近くだから」

    峯岸「あ、そういうことね」

    峯岸は納得して、さらに階段を下りた。
    地下から順に鍵を確認していくつもりらしい。

    篠田「そんな、面倒だったら他の子に頼んでも良かったのに」

    平嶋「平気平気。ついでだし。ね?らぶたん?」

    多田「へぇ?あ、うん…」

    篠田と峯岸が姿を消すと、平嶋はほっと胸を撫で下ろした。

    314 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 09:59:39.14 ID:58HWYykmO
    地下――。

    下へ降りた篠田と峯岸は、裏口の鍵が破られていないことを確認すると、ついでに厨房へ顔を出してみることにした。
    料理係の3人はいつも忙しそうで、ここのところほとんど会話らしい会話をしていないこともあり、様子が気になったのだ。

    峯岸「米ちゃーん?」

    峯岸はチームメイトの名を呼び、厨房を覗いた。
    料理係の3人は、洗い物をしている。

    米沢「あ、みぃちゃん!どうしたの?」

    峯岸「定時のチェック。それで3人はどうしてるかなーっと思って」

    篠田「へぇ、厨房って初めて入ったけど、広いねー。看守の部屋と同じくらいある」

    河西「うん、そうなの」

    竹内「あ、あの、このお皿は…」

    河西「あ、そこに仕舞ってくれる?」

    竹内「はい」

    315 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:01:07.82 ID:58HWYykmO
    篠田と峯岸の2人が顔を出しても、料理係は手を休めようとしない。
    なんとなく邪魔をしているような気がして、2人は早々と厨房を後にした。
    通路へ出ると、篠田が渋い顔をして峯岸に話しかける。

    篠田「さっきの美宥ちゃんの手…見た?」

    峯岸「うん。すごい傷だらけだった」

    篠田「あんなになるまで頑張って…大勢の食事作りなんて慣れないことさせて…」

    峯岸「これからは好き嫌いなんて言ってられないよね。感謝して食べなきゃ」

    篠田「そうだね…」

    篠田と峯岸は、厨房で見た光景にショックを受けながら、次のチェック場所へと移動した。

    316 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:03:31.87 ID:58HWYykmO
    一方その頃、平嶋と多田は――。

    平嶋「約束して。絶対にわさみんを病院に連れて行くって」

    平嶋は睨むように鈴木を見つめた。

    鈴木紫「うん…」

    鈴木もまた、真剣な面持ちで顎を引く。
    それから寝ている岩佐を背負い上げた。
    大柄な鈴木は、華奢な岩佐を担いだくらいで動きが鈍ることはない。

    多田「本当に…大丈夫…?」

    多田が心配そうに辺りの様子を窺う。

    平嶋「しっ!らぶたん静かにして」

    直後、平嶋が多田を叱り飛ばした。

    平嶋「みんなにバレちゃうでしょ?」

    317 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:05:21.90 ID:58HWYykmO
    多田「でもでも、監房を出ても、これからどうやって外へ出るの?」

    鈴木紫「大丈夫。わたし、力は強いほうだし、ドアを蹴破るくらい…」

    平嶋「素早くやってね。監視に見つからないうちに」

    鈴木紫「はい!」

    鈴木が力強く頷く。
    平嶋はそんな鈴木の姿に頼もしさを感じた。

    ――これでわさみんは助かるかもしれない…。

    平嶋は今、やってはいけないことをした。
    だけど、もう迷いはない。
    岩佐を助けるためだったら…。

    多田「本当に看守がこんなことしていいのかな?そんな…囚人を逃がすなんて…バレたらもっちぃみたいに懲罰房へ入れられちゃうよ…」

    不安そうに肩をすぼめる多田に、平嶋は優しく語りかける。

    318 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:07:36.28 ID:58HWYykmO
    平嶋「自分さえ良ければ、わさみんがどうなってもいいの?らぶたんは弱ってるメンバーを放っておける?」

    平嶋の言葉に、多田が激しく首を振る。

    多田「やだ」

    平嶋「でしょ?」

    平嶋はそう言って、眉を下げた。
    岩佐を…囚人を逃がす。
    そう決めれば、行動はたやすい。
    看守は監房の鍵を持っているのだから。
    逆に考えれば、看守の自分がしてやれることといったら、2人を監房の外へ逃がすことだけだ。
    そして、ここから先の頼みは、鈴木だ。
    鈴木は若い。
    しかし冷静で、度胸もある。
    絶対に岩佐をここから出し、病院に連れて行ってくれるだろう。
    そして、ここでのことを警察に話し、助けを呼んでくれるはずだ。
    平嶋はそう期待していた。

    319 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:10:21.22 ID:58HWYykmO
    鈴木紫「じゃあ行きます。ありがとうございました」

    鈴木は、岩佐を背負い直すと、監房の外へ出た。

    平嶋「お願いね」

    多田「頑張ってー」

    鈴木の背中は頼もしく、表情は凛としている。
    平嶋はただただ、岩佐と鈴木の無事を願った。

    鈴木紫「あ…」

    その時、鈴木がうろたえた声を上げ、歩みを止めた。

    平嶋「え?」

    慌てて平嶋と多田も監房の外へ飛びだす。
    岩佐を背負ったまま、通路に立ち尽くす鈴木。
    鈴木の前には、前田が立ちはだかっていた。

    平嶋「あっちゃん…なんで…」

    平嶋は膝の力が抜け、その場に座りこんだ。
    前田が静かに口を開く。

    320 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:12:11.79 ID:58HWYykmO
    前田「階段のところでなっちゃんと麻里子達が話してるのが聞こえたの。おかしいなって思って…。だってみんな普通は第1監房から順に点呼取ってるよ?なのになっちゃん達は14監房から取るって…。なんか気になって探しに来てみたら…」

    平嶋「お願いあっちゃん、見逃して!」

    鈴木紫「お願いします!」

    多田「わさみん熱があるの」

    前田は鈴木に背負われた岩佐を一瞥すると、平嶋に向き直った。

    前田「なんで…なんでこんな…もし看守のみんなが知ったら…」

    平嶋「わさみんを助けるためにはこれしかなかったの」

    前田「それだったら懲罰房に入れられたたかみなだって、本当はちょっと具合悪かったんだよ?苦しんでたんだよ?だけど我慢してここに残ったのに」

    平嶋「……」

    321 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:17:12.28 ID:58HWYykmO
    前田「たかみな言ってた。懲罰房はすごくきつい所だって。なるべくならみんなに入ってほしくないって。でもそんなこと無理だし、せめて看守と料理係の子だけでも懲罰房に入る危険がないのが救いだって」

    多田「でも、」

    前田「たかみなの気持ち考えたことあるの?本当はたかみなが一番辛いんだよ!みんなに何もしてあげられなくて…たかみなすごい苦しんでる。だったら脱獄なんて変なこと考えないで、なるべく早く解放されるようにみんなで頑張るしかないんだよ」

    前田はいつになくきつい口調でそう言い放った。
    前田の心の中には、懲罰房から出て来たばかりの倉持の姿が引っかかっている。
    看守だけは絶対に懲罰房へ入ることはないだろうと思っていた。
    だけど、倉持は入れられた。
    ほんの少し、囚人に気を回してやっただけなのに。
    ここではそれすらも罪になるのだ。
    ルールを破ったとカウントされてしまうのだ。
    平嶋や多田は看守だ。
    だったら何か事件を起こさない限り、懲罰房へ入れられることはない。
    前田は、これ以上無駄な懲罰房行きを増やしたくなかった。
    平嶋と多田を懲罰房から守りたかった。
    もし看守の2人が懲罰房へ入ったら、高橋はまたショックを受けるだろう。

    322 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:19:43.30 ID:58HWYykmO
    前田「お願いだから…監房へ戻って…」

    前田は今度、鈴木に向かって懇願する。
    鈴木は前田と平嶋を見比べ、迷っていた。
    その時、岩佐が小さな声で言った。

    岩佐「戻ろう…監房に…」

    鈴木紫「わさみん…」

    岩佐は苦しげに目を細め、鈴木の背中から下りた。

    岩佐「あたしはほら、大丈夫だから。一晩寝れば治るよ」

    多田「わさみん…本当に大丈夫なの?」

    多田が駆け寄ると、岩佐はそれを手で制した。

    岩佐「戻ります…。それから、なっちゃんとらぶたんは悪くないです」

    監房へ向かって歩き出した岩佐を、鈴木が支える。
    2人はよたよたと監房の中へ入っていった。
    すぐに前田が扉を閉める。

    323 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:22:28.45 ID:58HWYykmO
    平嶋「あっちゃん…」

    前田「あたし、なっちゃんやらぶたんを、もっちぃみたいな目に遭わせたくない」

    多田「……」

    平嶋「ごめん」

    前田「これからみんなのとこ回って薬を探そうと思う。手伝ってくれる?」

    多田「もちろん!」

    平嶋「うん」

    この時、前田は決意した。
    今までの自分は甘かった。
    誰かが脱獄を考えたり、ルールを破ったりすれば、必ず他の誰かが傷つく。
    誰も傷つかずにここから出る方法を1つしかない。
    おとなしくルールを守って生活する。
    そして解放される時を待つのだ。
    そのためには誰かがよからぬ考えを起こすことを、阻止しなければならない。
    それを出来るのは…看守だ。
    だったら自分は徹底的に看守の役目を全うしよう。
    看守を演じきってみせよう。
    それが…みんなを救う唯一の方法だと信じて…。

    324 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:25:26.22 ID:58HWYykmO
    《6日目》

    作業部屋――。

    山内「あー!!もうみおりんまた間違えてるよー」

    市川「え?あぁそうだった。すみません…」

    今日も作業開始直後から山内の攻撃が続く。
    市川はすっかり消沈しきっていた。
    心なしか自分を見るメンバーの目が冷たくなったような気がする。

    ――どうすぃよう…わたすぃ、みんなのあすぃを引っ張ってるのかな…。

    さらに追い討ちをかけるように、前田の声が飛んでくる。

    前田「レモンちゃん焦らなくていいから、作業は確実にやってねー。みんなで頑張って、解放される日まで何事もなく過ごそうよー」

    325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 10:28:14.88 ID:IBX8ScLc0
    みおりんの口調で吹くwww

    326 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:30:52.15 ID:G6QBJFYg0
    前田の発言力は絶大だった。
    特に年少メンバーは前田に対して怖れに似た尊敬や憧れの念を持っている者も多い。
    囚人達は小嶋と仲川以外全員が、気を引き閉めて作業にあたった。
    それでも前田は、険しい顔つきで囚人達に目を光らせている。
    ほんの少しのミスも許さないといった表情だ。
    高橋はそんな前田を、訝しげに見つめた。

    ――あっちゃん、急にどうしちゃったの…?

    昔と比べると大分改善されたが、前田は本来引っ込み思案な性格だ。
    長い付き合いである高橋はそのことを誰よりも熟知している。
    前田がさっきのように先頭切って発言するのは、珍しいことだった。

    高橋「……」

    高橋はそれから、作業する手を動かしつつ仲川の様子を盗み見た。
    仲川は気の抜けた表情で、淡々と作業をこなしている。
    くるくるとよく動くいたずらっぽい目が、今は輝きを失い暗く沈んでいた。

    ――はるごん…もう限界なんだ…。

    その他にも、何人かのメンバーは疲労しきった表情で、気力を失いかけている。

    ――なんとかしなくちゃ…。

    327 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:31:34.16 ID:G6QBJFYg0
    メンバーをどうやって元気づけたらいいか。
    高橋は作業中、そのことばかりを考えていた。
    作業については完全にうわの空で、うっかり小嶋の分の作業まで手伝うはめになってしまう。

    小嶋「えーん、たかみなぁ~陽菜の分手伝ってー」

    高橋「うん…」

    小嶋「えー?いいのー?ほんとにぃー?」

    高橋「うん…」

    小嶋「わーいたかみなありがとー。じゃあこっちお願いね」

    高橋「うん…ってえぇ?なんで?なんであたしがにゃんにゃんの分やらなきゃいけないの?」

    小嶋「だって今返事したじゃんたかみな」

    高橋「……」

    328 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:32:32.62 ID:G6QBJFYg0
    一方その頃、厨房では――。

    河西「うーん、目にきた!痛い痛い…」

    竹内「河西さん、大丈夫ですか?ティッシュ…」

    河西「あー、ありがとう」

    河西は大量の玉ねぎを前に、涙を拭った。
    今日の夕食のメニューはハンバーグである。
    人数分の玉ねぎをみじん切りしなければならない。
    料理が得意の河西でも、玉ねぎの刺激には弱かった。

    米沢「ともーみちゃん、代わろうか?」

    サラダ作りを担当していた米沢が、包丁を置いて尋ねる。

    河西「ううん、大丈夫だよ」

    河西は真っ赤な目をしたまま、首を横に振った。

    竹内「あ、じゃあ美宥が…」

    河西「いいよ。美宥ちゃん、また怪我しちゃうよ?」

    竹内「はい…」

    329 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:33:40.75 ID:G6QBJFYg0
    河西はここへきて、確実に疲れがたまっている。
    そして竹内も、連日の食事作りに苦戦し、きれいだった手が傷だらけになってしまった。
    その上、食事の後には毎回大量の洗い物が出る。
    水仕事を長くこなしていくうち、3人はアイドルらしからぬ荒れた手になっていた。

    米沢「……」

    米沢はきゅうりを切りながら、2人の様子を観察する。
    涙を拭いながら懸命に玉ねぎを刻む河西の姿は、見ていて心苦しい。
    そして、本人は無意識だろうが、竹内は何度もため息をついている。

    ――なんとかできないかな…。

    素人が見ても、2人の精神状態が極限まで追い詰められていることは明らかだ。
    ましてや大学で心理学を専攻している米沢からすれば、その変化は手に取るように感じることができる。

    ――何かのきっかけさえあれば、2人の心は簡単に壊れてしまう…。

    2人のために何かしてやりたいという思い。
    しかし何もしてやれないという現実。
    両者の狭間で、米沢の心は大きく揺れていた。

    330 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:35:23.67 ID:G6QBJFYg0
    作業終了後、第13監房――。

    板野「ふぅ…」

    作業部屋から戻された板野は、ベッドへ腰を下ろすと、大きく息を吐いた。
    隣では、石田があぐらをかいている。
    しかし今の板野に、石田の行儀の悪さを注意する余裕は残されていなかった。

    石田「大丈夫ですか?」

    板野「平気。ちょっと疲れただけ」

    石田「あぁ、作業辛いっすよねぇ…」

    石田の物言いは、まるで授業を面倒臭がる男子高校生のそれだ。
    まだ精神的に余裕が窺える。

    板野「そうだね」

    板野はそう言って同意したものの、本当のところは違っていた。
    疲れてるんじゃない。
    ショックなんだ。

    ――あっちゃん、いつもと感じが違ってた…。

    331 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:36:20.06 ID:G6QBJFYg0
    板野は、前田の変化に衝撃を受けていた。
    昨日のまでの前田は、積極的に囚人を注意することなどなかった。
    むしろ誰かの背中に隠れ、密かに囚人の作業を応援しているような態度だった。
    しかし、今日の前田は違う。
    山内の言葉に過剰に反応し、市川を注意していた。
    そして、作業スピードの遅い仲川を叱り飛ばした場面もあった。

    ――あのあっちゃんが、まさかはるごんに怒るなんて…。

    板野は作業部屋で見た光景がまだ信じられなかった。
    変わってしまった親友の姿を見るのが辛い。
    と同時に、恐怖を感じていた。

    ――この監禁生活で、あっちゃんだけじゃない、他のメンバーも変わってしまうかもしれない…。

    板野の心配をよそに、石田は小さく鼻歌を歌いながら、夕食の時間を待っている。
    板野は一瞬迷ったが、やはり後輩に相談をするのは気が引けて、自由時間を待つことにした。

    ――自由時間になったら、たかみなにあっちゃんのことを相談してみよう。

    板野はそう心に決めて、作業でがちがちになった首をゆっくりと回した。

    332 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:37:14.88 ID:G6QBJFYg0
    自由時間――。

    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第13監房の石田晴香さん、これから看守が迎えにいきます。監房から出ずにお持ちください』

    昨日と同じく放送が流れる。

    板野「はるきゃん…」

    ベッドによりかかっていた板野は、おそるおそる石田のほうに顔を向けた。

    石田「仕方ないです。もう決まったことですから…」

    石田は妙に落ち着いている。
    もう覚悟を決めたようだ。
    せめて怖がって涙の1つでもこぼしてくれたら、まだ救われる。
    石田が気丈に振舞うほど、板野の心は痛んだ。

    ――はるきゃん、無理してるんじゃないかな…。

    333 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:38:01.64 ID:G6QBJFYg0
    見た目にそぐわず不器用な板野は、気の利いた一言を石田にかけてやることができない。
    だけど何かしてやりたくて、そっと石田の肩に手を置いた。

    板野「大丈夫だから。はるきゃん、無理しないで辛かったらあたしに八つ当たりでもなんでもしてよ」

    石田「……ふっ…」

    石田は小さく笑みをもらしただけで、やって来た看守に連れられ監房を出ていった。
    板野は無言で石田の小さな背中を見送ると、高橋のいる監房へと歩き出す。

    334 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:40:15.83 ID:G6QBJFYg0
    一方その頃、指原は――。

    指原「……」

    懲罰房から出て来た指原は、第7監房へ戻らず、真っ直ぐに仁藤のもとへ向かった。
    その足取りはしっかりして、たった今懲罰房から解放された人物とは信じがたい。

    指原「萌乃ちゃん!」

    仁藤のいる第6監房へ行くと、同室の宮澤の他に高橋、大島、板野、秋元の面々も揃っていた。

    高橋「指原、大丈夫だった?」

    大島「ちょっと萌乃ちゃんどいて。指原ここ、早く横になったほうがいいよ」

    指原の顔を見た大島が、慌ててベッドを整え出す。

    指原「あぁ優子ちゃん、指原大丈夫なんでいいです、そんな…」

    大島「?でも…」

    高橋「遠慮しなくていいよ。耳やられてるんでしょ?体がふらつくから変に動きまわると危ないよ。とりあえず萌乃ちゃんのベッドに寝かせてもらったほうが…」

    高橋が駆け寄り、指原の体を支えようとする。
    しかし、指原はふらつくどころか、いつもの猫背でおどおどと直立している。

    秋元「?」

    全員が不思議そうな顔をする前で、指原は両手を激しく振りながら説明した。

    指原「あ、いや、指原ほんとに平気なんですよ。耳やられてませんし」

    335 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 10:41:15.52 ID:G6QBJFYg0
    秋元「やられてない…?あ、そういえば普通に会話できてるよね」

    高橋「確かに…。え?どういうこと?懲罰房の中で指原もヘルメットみたいなやつ被せられたよね?大音量で音楽聴かされて…」

    指原「あ、はい」

    宮澤「じゃあなんで平気なの?」

    指原「あー、正確には指原、音楽聴いてなかったんですよ」

    大島「え?」

    第6監房には、指原の不自然な様子に混乱する空気が流れた。
    そんな中、1人の人物だけはにやにやと笑っている。

    仁藤「さっしー…気付いたんだね?」

    仁藤は余裕の笑みを浮かべ、指原を見た。

    指原「うん。やっぱりあれ、萌乃ちゃんだったんだ」

    1人で納得する指原に、高橋達は置いてけぼりをくらったような気分を味わう。
    半ば苛立った様子で、秋元が訊いた。

    秋元「ちょっと、詳しく説明してくれない?」

    338 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:50:11.57 ID:58HWYykmO
    指原「あ、はい。えっと、懲罰房に入って、やっぱり指原もヘルメットみたいなのを被せられて、大音量で音楽を聴かされたんです。あれほんとしんどいですね。なんか、脳が破壊されてくみたいな…」

    指原「で、真っ暗な部屋の中で色々ともがいてたら、足に何か触れたんですよ。手探りで拾い上げてみたら、なんか小さなゴムみたいなやつで…」

    大島「ゴム?何それ」

    指原「それは方向からいってドアの近くに落ちてました。でも部屋に入る時にはそんなもの落ちてなかった。指原怖くて下を向いていたから、よく覚えてたんです」

    指原「で、その拾ったやつをしばらく触ってたら、閃いたんです。形といい大きさといいぴったりなんじゃないかって」

    高橋「え?ぴったりって何に?」

    指原「耳栓ですよ。指原、それを耳栓の代わりに出来ないかって思いついたんです。ちょうどゴムは2つ落ちてたし。ヘルメット被されてるから付けるのにちょっとコツがいりましたけど、思ったとおりでした」

    指原「それ、耳の穴にぴったり嵌ったんですよ。そうしたらほとんど音楽が聞こえなくなって。だから指原は耳をやられなかったんです」

    宮澤「はぁ…すごい…。でもなんでそのことを懲罰房の外にいた萌乃が知ってるの?」

    宮澤は気が付いて、仁藤を振り返った。
    無言で指原の話を聞いていた仁藤が、ゆっくりと口を開く。
    いつものおっとりとした口調で説明を始めた。

    仁藤「さっしーが耳栓の代わりに使ったのは、ゴムはゴムでも消しゴムなんだよ」

    339 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:53:04.11 ID:58HWYykmO
    宮澤「消しゴム?」

    仁藤「そう。あたしいつも時間があいた時にハンコ作りができるよう消しゴムを持ち歩いていたの。今回それを使って耳栓を作れないかなって考えて、少し前から製作してたんだ」

    宮澤「あぁ…だからか」

    宮澤は、夜な夜な仁藤が遅くまで何か細かい作業をしていたことを思い出した。
    あれはハンコを作っていたのではなく、耳栓だったのだ。

    仁藤「さっしーが懲罰房に入れられることになって、前日に完成していた耳栓をあたしは懲罰房のドアの下から差し入れたの。ドアの下に隙間があることは聞いてたから」

    高橋「あ、そっか。指原それであたしのリボン拾っておいてくれたんだよね」

    指原「はい」

    仁藤「さっしーが気付いてくれるかどうかは賭けだったけど、良かった…。看守にはドアに近づいているところを見つかっちゃったけどね」

    340 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:55:23.94 ID:58HWYykmO
    大島「あぁ、だからあの時…」

    大島は、昨日見た仁藤の不審な行動を思い出した。
    大家と一緒に懲罰房のドアに張り付いていた仁藤。
    あれは、指原に耳栓を届けようとしていたのだ。
    そして仁藤の行動が、大島に重大な事実を気付かせた。
    大島はそのことを告げようと、高橋達を集めていたのだった。

    高橋「そうか。じゃあ今度からその耳栓を使えば、懲罰房も怖くないね」

    仁藤「あ、でもまだ耳栓は1組しか出来てなくて。大きさや形を調節したり、やすりをかけたりしなくちゃいけないから…」

    秋元「じゃあとりあえずみんなでそれを使い回そう」

    板野「急いではるきゃんに届けてあげなきゃ」

    341 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 10:57:25.74 ID:58HWYykmO
    仁藤「あ、でも懲罰房に近づいているのを見られたら、また看守に低周波が…」

    宮澤「あぁ、そうだったぁ…。どうしよう…」

    高橋「はるきゃんに耳栓を届けるのは大事だけど、懲罰房に近づくのを見られたらやっかいだなぁ」

    仁藤「すみません、あたしとしいちゃんが昨日同じ失敗をしたから、懲罰房の周りは監視側も警戒してるかも…」

    指原「……」

    仁藤は心底申し訳なさそうに頭を下げた。
    指原を助けるためだったとはいえ、懲罰房の監視を強化させる原因を作ってしまったかもしれない。
    いくら耳栓があっても、懲罰房へ届けられなければ何の意味もなさないのだ。
    それぞれが方法を探る中、大島は自信満々にあることを告げた。

    大島「それなら大丈夫。たぶん最初から、この建物の中は監視されてないから」

    344 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:28:40.34 ID:G6QBJFYg0
    高橋「えぇ?」

    板野「どういうこと?」

    秋元「監視されてないって…なんでわかるんだよ優子」

    仁藤「監視されてないなら、看守の低周波はどうなるんですか?監視してなきゃ看守に低周波を流すタイミングもわからないじゃないですか」

    指原「そ、そうですよ優子ちゃん。監視してないと、囚人がおかしな真似をしたなんてわかりっこない。だとしたら看守だって低周波を流されることないじゃないですか」

    全員が疑問を口にする中、仁藤に代わり今度は大島が余裕たっぷりの笑みを浮かべた。

    大島「まぁまぁ、ちゃんと説明するから」

    大島はそう言ってみんなを手で制し、説明を開始した。

    345 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:29:43.06 ID:G6QBJFYg0
    大島「まずあたしは、2日目に才加と一緒にここから脱走しようと試みた。だけど失敗した。途中で監視に気付かれて、サイレンが鳴り、看守のあっちゃんがやって来たから」

    大島「その時、ちょっとおかしいなって思ったんだけど、それが何かまではわからなかった。だけど、昨日の萌乃ちゃんとしいちゃんの様子を見て、今まで抱いていた違和感の正体に気付いたんだ」

    仁藤「あ、あれ優子ちゃん見てたんだ…」

    宮澤「違和感?何?」

    大島「看守に低周波が流されるタイミングと、その条件だよ」

    高橋「?」

    大島「囚人がルールを破ると、その近くにいた看守に低周波が流れる。看守がその囚人を注意すると、低周波が止まる。あたし達はそれを、誰かが監視して囚人の動きをどこからか見ているからだと思わされていたんだ」

    秋元「実際には、あたし達の動きは向こうから監視されていないってこと?」

    大島「そう。あたし達をここに監禁している人物は、あたし達を監視しているんじゃない。盗聴しているんだよ」

    346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 11:29:48.57 ID:xHCi15X30
    ほうほう

    347 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:33:54.06 ID:G6QBJFYg0
    指原「と、盗聴?どうしよう指原お風呂で毎回大声上げてハロプロ歌ってたんですけど、それもじゃあ向こうに聞かれてるってことですか?」

    大島「いや、たぶんお風呂とトイレは盗聴してないんじゃないかな。よほどの変態でない限り、そんなの聞いても不快なだけだよ。それから、囚人の監房も盗聴されてはいないと思う」

    板野「なんでそんなことわかるの?」

    大島「あたしは散々、自分の監房の中で仲俣ちゃんに脱獄の計画を相談してる。でもそのことで1度も向こうからの動きはない。普通だったら、監禁している人物が脱走を計画しているのを黙って見過ごしたりはしないでしょ?」

    板野「あぁ、そういえば…」

    高橋「それはわかったけど、どうやって優子は監視じゃなくて盗聴だって気付いたの?」

    大島「通路を走り、広間に入った時点では、向こうにあたしと才加の脱獄は気付かれていなかった。よく考えたら監視カメラにばっちりあたし達の姿は映っているはずなのに、おかしいよね?それからドアを破ろうとして大きな物音を立てたら、脱獄がバレた」

    大島「すぐにサイレンが鳴り、近くにいたあっちゃんが駆けつけた。この時あたしは、監視側はただ、あたしと才加の映った映像に気付くのが遅れただけだと納得したんだ。だけど昨日、萌乃ちゃんとしいちゃんが…」

    板野「懲罰房に近づいているところを看守に見つかっちゃったんだよね。優子はその現場を見ていたの?」

    大島「うん。なんとなく萌乃ちゃんとしいちゃんの様子が変だったから、こっそり遠くから観察してたんだ。2人は懲罰房のドアに近づいているところを、看守のなっつみぃに見られた」

    大島「なっつみぃは囚人がルールを破っている場面に遭遇したわけだから、当然低周波を受ける。なっつみぃに注意されたしいちゃんは懲罰房から離れた。すると、なっつみぃの低周波は止まったんだよ」

    秋元「うん。それ普通じゃない?囚人に注意して、その囚人が言うことを聞いたら、看守の低周波は止まるよね?」

    348 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:36:15.31 ID:G6QBJFYg0
    大島「ううん、それだとおかしいんだよ。だってまだその時には、懲罰房のドアの前に萌乃ちゃんがいたからね。萌乃ちゃんもドアから離れないと、なっつみぃの低周波は止まらない」

    板野「うん。じゃあなんで…?」

    大島「なっつみぃはドアの前の2人に気付いた時、はじめにしいちゃんの名前を呼んだ。萌乃ちゃんには声をかけなかったんだ。だからあたし達をここへ監禁している人物は、なっみぃの声を聞き、ドアの前にいるのはしいちゃんだけだと勘違いしたんだ」

    高橋「そっか、監視していたのなら萌乃ちゃんもそこにいたことに気付くけど、盗聴しているだけなら気付かない。だってなっつみぃは萌乃ちゃんの名前を口にしていないから」

    高橋はようやく大島の言おうとしていることがわかってきて、大げさに膝を叩いた。

    大島「そういうこと。ドアから離れる1つの足音…しいちゃんの足音を聞いて、囚人が看守の言うことを聞いたのだと判断し、なっつみぃの低周波を止めた。萌乃ちゃんはそれからすぐにそっとドアから離れたから、気付かれることがなかった」

    仁藤「すごーい。なんであたしあの時気付かなかったんだろう…」

    指原「耳栓を届けることで頭がいっぱいだったんでしょ。ありがとう萌乃ちゃん」

    板野「なんだ…監視されてないならこんなにびびることなかったのに」

    板野はくやしそうに下唇を噛んだ。
    負けず嫌いな性格なのだ。

    349 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:37:33.54 ID:G6QBJFYg0
    大島「ただし作業部屋はしっかりモニターされてると思うけどね。低周波が流されるタイミングからみて、作業部屋以外の場所はカメラではなく、マイクだけだと思う」

    高橋「だけどやっぱり盗聴されているってことは、あたし達の動きはほとんど向こうに把握されてるってことだよね…」

    高橋は大島の説明にしばらく興奮していたが、やがて気がついて肩を落とした。
    物音を立てずにここから脱獄するなど不可能だ。

    大島「いや、姿を見られいない分、これからは気をつけてさえいればもう少し大胆に動ける。頑張ってみんなで脱獄の道を探そう」

    秋元「よっしゃっ!」

    秋元が気合の言葉を口にし、ガッツポーズを作る。
    二の腕が力強く隆起した。

    指原「でも指原…体力もないしへタレだし…頭も良くないし…」

    仁藤「そんなことないよー」

    指原「みんなの足を引っ張っちゃうだけで、いい脱獄方法を思いつけるかどうか…」

    指原が弱気の姿勢を見せると、大島はきょろきょろと通路のほうを気にしはじめた。

    大島「大丈夫だよ。みんなで考えればなんとかなる。それに強力な助っ人がそろそろ来るはずなんだけど…」

    350 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:38:39.10 ID:G6QBJFYg0
    高橋「助っ人?看守の子が誰か協力してくれるの?」

    大島「ううん、一応脱獄のことは看守に内緒にしとく。嫌がられそうだし…あっちゃんはあんな状態だし…」

    高橋「あ、優子も気付いてたんだ?」

    板野「あたしもそのことでたかみなに相談しようと思ってたんだ。あっちゃん絶対なんかかおかしい」

    高橋「何がきっかけはわからないけど、たぶんあっちゃんはあっちゃんなりに考えて、看守のみんなを低周波から守ろうとしてるんじゃないかな…」

    大島「うん。だからもう看守の子に協力は頼めないかもしれない。助っ人というのは囚人で…」

    小嶋「お待たせー。優子、話って何?」

    その時、第6監房に小嶋が顔を見せた。

    高橋「にゃんにゃん!」

    指原「小嶋さん…!」

    小嶋「あ、さっしー懲罰房から出て来たの?せっかくだからもう少し入ってれば良かったのにー」

    板野「助っ人って…陽菜のこと?」

    板野は若干の不安を抱きながら、大島に問いかけた。

    351 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:40:17.43 ID:G6QBJFYg0
    大島「そう。やっぱりにゃんにゃんなしでは始まらないでしょー。この人、天才だから」

    大島は自信満々に小嶋の肩を叩いた。

    秋元「陽菜、何か考えがあるの?」

    秋元がぱっと目を輝かせ、小嶋に詰め寄る。

    小嶋「え?何のことー?」

    小嶋は無邪気な笑顔を浮かべながら、のんびりと聞き返した。

    大島「にゃんにゃんはまだ何も知らないよ。だけど説明すれば、きっと何かすごいことを考えてくれるよ」

    高橋「そうだね!にゃんにゃんがいればあたしも頑張れそうな気がする!」

    宮澤「いいなぁー。完全にマスコット扱いじゃん」

    板野「あ、それでさしこ、例の耳栓貸してくれない?監視されてないなら今すぐはるきゃんに届けてあげないと」

    板野は思い出したように言った。

    指原「それなんですけど…」

    指原は気まずそうにポケットを探ると、耳栓を取り出した。

    352 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:42:06.42 ID:G6QBJFYg0
    板野「ありがと…って…なんで?」

    指原の手にあるのは、割れた消ゴムの残骸だ。

    指原「看守の迎えが来た時、焦って外したらうっかり割っちゃって…」

    板野「えぇー!!」

    指原「ごめんなさい」

    仁藤「もぉ何やってんのさっしー!それ作るのにどれだけ時間がかかったか…」

    指原「ひぃぃ萌乃ちゃん怒んないでよぉぉ」

    仁藤「もぉ!!」

    仁藤は怒るというより呆れている。
    それを大島が取りなした。

    大島「まぁまぁ、萌乃ちゃんまた同じの作れる?」

    仁藤「え?はい…」

    353 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:43:06.19 ID:G6QBJFYg0
    大島「壊れちゃったものは仕方ないよ。指原だって悪気があったわけじゃないんだし」

    秋元「うん、はるきゃんは可哀想だけど」

    大島「うん、今は言い合いしてる暇ないよ。それぞれ力を合わせなきゃ!ね?たかみな?」

    大島が目配せをすると、高橋は大きく頷いた。

    高橋「今は情報を集めよう。なんでもいいからみんなでこれまでのことを話し合えば、優子みたいに何か気がつくことが出てくるかもしれない。誰も傷つけずにここから脱走する方法を考えるんだよ」

    高橋の提案に、集まった面々はこれまでの出来事で何かおかしな点はなかったか、話し合いを始めた。

    354 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 11:44:41.54 ID:G6QBJFYg0
    点呼――。

    梅田「わさみん、紫帆里ちゃんいるねー?」

    点呼の時間になり、梅田は第1監房の中を覗いた。
    岩佐がけろりとした顔で返事をする。

    岩佐「はいー」

    梅田「熱下がったみたいだね。作業にも参加できたし、安心したよ」

    岩佐「ご心配おかけしました。もうすっかり」

    梅田「薬見つかって良かったね」

    岩佐「まさかはーちゃんが風邪薬持ってたなんて…」

    岩佐はそこで、ふっと吹き出した。

    梅田「ねー?他にも頭痛薬と胃薬持ってたよ、はーちゃん。なんかお母さんみたいだよね」

    岩佐「ですね」

    岩佐の元気そうな様子に安心して、梅田は第1監房を後にする。
    もう囚人のほうもすっかり慣れたもので、点呼が来るのを扉の傍で待ってくれている場合が多い。
    梅田は順調に点呼を済ませていき、第9監房までやって来た。

    355 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 11:48:26.99 ID:58HWYykmO
    梅田「優子ー?仲俣ちゃーん?」

    大島も他の囚人同様、梅田が来るのを扉の傍で待っていた。

    大島「梅ちゃんが点呼の係なんだ!」

    梅田の顔を見ると、大島は子犬ように扉にじゃれつき、はしゃぎ声を上げた。

    梅田「優子テンション高っ!そんなんで寝れるの?」

    大島「良かった~梅ちゃん来てくれて」

    梅田はそこで、大島の態度が他の囚人と違っていることに気付いた。
    梅田の顔を見れたことがというより、何か大きな幸運に見舞われたかのような喜び方なのだ。

    梅田「どうしたの…?」

    梅田が訝しげに眉を寄せる。

    大島「看守の子には頼み事できないと思ってたけど、梅ちゃんなら信用できるし」

    梅田「え?」

    356 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 11:50:17.25 ID:58HWYykmO
    大島「ううん、こっちの話。お願い梅ちゃん、何も訊かずにこれ、ポケットに入れてくれない?」

    梅田「は?何それ?」

    大島が差し出したのは、大家のICレコーダーだった。
    自分は何もできないと卑下していた指原だったが、実は役立つ情報を握っていることが後の話し合いで判明した。
    大家がICレコーダーを所持している。
    そのことを知り、大島はそれを何かに使えないかと考えたのだ。

    梅田「これを…どうするの?」

    大島「これをポケットに入れて、タイミングを見て録音のスイッチを押してくれるだけでいいんだよ」

    梅田「録音?なんで?」

    大島「それは聞かないほうがいいと思う。知れば梅ちゃんが危ない」

    梅田「え、やだよそんなの」

    梅田は反射的に格子扉から身を引いた。

    357 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 11:52:37.98 ID:58HWYykmO
    大島「お願い梅ちゃん、みんなを助けると思って。録音スイッチを押すだけなら、ルールを破ったことにはならないでしょ?梅ちゃんは、偶然録音のスイッチを押しただけ」

    梅田「で、でも…」

    梅田の中で、葛藤が生じた。
    大島はあきらかに、何か企んでいる。
    返事をしてしまったら、自分までその企みの片棒を担いだことになるだろう。
    それだけは回避したい。
    バレて低周波をくらうのは大島ではなく自分のほうなのだ。

    ――どうしよう…。

    一方で梅田は、同じチームの戦友とも呼べるこの女の子を信頼し、尊敬もしていた。
    大島が今まで自分に嘘をついたことがあるだろうか。
    大島はいつだって真っ直ぐで、ふざけているように見えるときも、きちんと周りの子を気遣っている。
    そんな大島のさり気ない優しさが、梅田は好きだった。
    器用すぎるのが災いして周囲から勘違いされたり、損をすることも多い大島だからこそ、梅田は彼女を信じられるのだ。

    358 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 11:54:21.27 ID:58HWYykmO
    大島「お願い…」

    大島は悲しげな瞳で梅田を見つめる。

    梅田「……」

    大島「お願い梅ちゃん…」

    梅田「……し、仕方ないなぁ…」

    大島「梅ちゃん!!」

    その瞬間、大島の顔がぱっと明るさを取り戻した。
    それを見て、梅田は自分の決断が間違っていなかったことを確信する。

    ――優子を信じよう。きっと、何か考えがあるんだ。そしてその考えは、絶対に悪いものじゃない…。

    梅田はそれから、大島の指示を仰いだ。

    359 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 11:57:16.60 ID:58HWYykmO
    《7日目》

    今日も朝から囚人達の作業は続く。
    そして、相変わらず市川は山内に責め続けられている。
    山内が何か言うたび、前田が過剰に反応するので、市川はすっかり消沈しきっていた。

    ――あっちゃん…。

    高橋は不安げに前田の様子を盗み見る。
    前田の周囲には張り詰めた空気が漂い、それは何かのきっかけで崩れてしまうような危ういものだった。
    前田が厳しい態度を保つなど、無理な話なのだ。
    高橋は今にも壊れてしまいそうな前田が心配でたまらない。

    ――何を焦っているの…あっちゃん…。

    360 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 11:59:52.65 ID:58HWYykmO
    前田は意識してか、高橋と目を合わせないようにしている。
    少しでも高橋の姿を見たら、自分の決意が揺らいでしまいそうになるからだった。

    仲川「ねぇねぇこれどうやってやるんだっけー?」

    そして、不思議なことに昨日まで元気のなかった仲川が、今日はやけに威勢がいい。
    もちろん私語は抑えているが、作業のことで何か聞きたいことがあると、大声で周りのメンバーに話しかけている。
    すっかりいつもの仲川に戻っていた。
    高橋はそのことに引っかかりを感じたが、特に悪いことではないので見守ることにした。

    361 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:02:25.01 ID:58HWYykmO
    自由時間――。

    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第12監房の市川美織さん、これから看守が迎えに行きます。監房から出ずにお待ちください』

    放送がかかる。

    島田「みおりん…」

    市川の名が呼ばれ、島田はその場に崩れ落ちた。

    ――とうとうこの時が来てしまったか…。

    ここ数日の作業での様子を見る限り、市川が懲罰房へ入れられるのは時間の問題だろうと予期していた。
    島田はそれをなんとか止められないかと、思考錯誤していたのだ。
    市川から相談を受けたのは、一昨日だった。

    362 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:05:44.21 ID:58HWYykmO
    市川「はるぅ…聞いてほすぃいことがあるの…」

    日頃、周りのメンバーからどんなにきついことを言われても、笑顔を絶やさなかった市川が、思いつめた顔で島田の監房を訪れたのだ。
    その時の島田は、おそらく山内とのことだろうとすぐに察して、熱心に市川の言葉に耳を傾けた。
    しかし、直接山内に抗議する気はなかった。
    同じ囚人として、懲罰房に入りたくないという気持ちは痛いほどわかる。
    山内がおそらく、市川という名の生贄を差し出せば、自分の安全は確保されるのではないかと考えたことも、予想がついた。
    だから市川を慰める言葉をかけるだけで、行動を起こすまでにはいかなかったのだ。

    島田「ごめん…みおりん…」

    いざ市川が懲罰房へ入れられるとなると、島田は自分の考えの甘さに腹が立った。
    後悔しても遅い。
    相談を受けながら、市川に何もしてやれなかった自分が憎らしかった。
    こんな自分には、呑気に外から市川の心配をする資格などない。

    ――考えなければ…どうにかみおりんを助ける方法を…。

    島田は自分を追い込み、ひとり考えこんだ。

    363 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:06:44.50 ID:G6QBJFYg0
    一方その頃、菊地は――。

    菊地「トイレ行ってくるねー」

    何やら思いつめている島田を放って、菊地は1人トイレに向かった。

    菊地「……ぎゃっ…」

    鼻歌を歌いながらトイレのドアを開ける。
    その瞬間、嫌な臭いが鼻をついた。

    菊地「臭っ!!」

    咄嗟にドアを閉め、通路へと後ずさる。
    その時、背後から来ていた人物にぶつかった。

    秋元「あれ?どうしたの?」

    菊地「あぁ才加ちゃん。ごめん、ちょっとトイレ臭うんだけど」

    菊地はしかめっ面でそう説明した。
    それから激しく首を振って、トイレのドアを指差す。
    そんな菊地の態度を、秋元はいささか大げさに感じた。

    364 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:07:42.23 ID:G6QBJFYg0
    秋元「そりゃトイレだもん。いい臭いはしないよ。それにこのトイレ古いし」

    秋元はそう言うと、慌てる菊池を無視してトイレのドアを開けた。
    そして、やはり菊地と同じ反応を示す。

    秋元「何これ…どうしたの?」

    秋元はしかし、手で鼻を覆うと、果敢にもトイレの奥へと足を踏み入れた。
    臭いの元を探る。

    秋元「あ…」

    そして、何かに気がついた。

    菊地「どうしたの?」

    菊地も秋元を見習い、手で鼻を覆うと、顔を覗かせた。

    365 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:08:26.13 ID:G6QBJFYg0
    秋元「換気扇止まってる」

    秋元はそう言うと、スイッチを押しなおした。
    しかし、換気扇は回らない。

    菊地「壊れてるの…?」

    秋元「そうみたい。まぁ古いし、こういうこともあるよ」

    菊地「えー?じゃあどうするの?ずっとこの臭い?」

    秋元「うん。窓開かないようになってるし」

    菊地「ひぃー」

    秋元「我慢しなよ。別に汚れてるわけじゃないし、臭いだけでしょ?トイレが臭いだけで死ぬわけじゃあるまいし」

    たくましい秋元の発言に、菊地は渋々返事をした。

    菊地「は、はい…」

    366 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:10:22.45 ID:G6QBJFYg0
    洗濯部屋――。

    自由時間も終わり、看守はそれぞれの仕事についていた。
    ある者は定時のチェックを行い、そしてある者は掃除や、明日の作業パーツを運ぶなどしている。

    柏木「はぁ…面倒臭い…」

    そして柏木は今、大量の洗濯物を前に途方に暮れていた。

    多田「ゆきりんちゃんとやってよー」

    多田は不器用な手つきながらも、次々と洗濯物を畳んでいく。
    よく見ると畳み方もバラバラで、皺も伸ばしていないのだが、そこは多田の愛嬌だ。

    柏木「はーい…」

    年下の多田に叱られ、柏木はばつが悪そうだ。
    渋々洗濯物の山に手を伸ばす。
    料理や掃除はおろか、洗濯すら母親の手伝いをすることはない。
    それなのにいきなり洗濯物の山を前にして、全部畳めというのは酷な話だ。

    367 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:11:22.18 ID:G6QBJFYg0
    柏木「これちゃんと畳まなきゃ駄目なのかな?丸めたほうが早くない?」

    多田「えー?」

    柏木の様子に、多田はすっかり調子を狂わされてしまう。
    多田も本来、几帳面なほうではないのだ。
    だが、要領はいい。
    洗濯物を前に、多田はあることを閃いた。

    多田「ねぇ、この仕事、明日囚人の子達に頼んで、やってもらえないかな?」

    柏木「えぇ!?」

    多田の提案に、柏木は目をひんむき、元々大きな瞳をさらに拡大した。

    柏木「駄目だよそんなの」

    多田「なんでぇー?看守の命令は絶対なんでしょ?」

    多田はきょとんとした顔で柏木を見つめ返す。

    柏木「やぁ…それはやっぱり常識的に考えて…頼みづらいというか…」

    368 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:11:59.05 ID:G6QBJFYg0
    多田「でも言えば誰かがやってくれると思う」

    柏木「え?」

    多田「さっしーとか…あとわさみんとかさ!」

    柏木「そりゃらぶたんの頼みならば大方のメンバーは聞いてくれると思うよ?でもさぁ…やっぱなんか…ずるくない?看守の特権を悪用してるみたいで…」

    多田「そうかな?じゃあゆきりんはこの洗濯物、全部きれいに畳める?」

    柏木「畳めない」

    多田「でしょ?それにやっぱ面倒臭くない?」

    柏木「面倒臭い」

    多田「じゃあ決まりっ♪明日囚人にやってもーらおっ」

    多田は邪気のない笑顔で、小さく跳び跳ねた。
    可愛らしいえくぼが浮かぶ。
    その姿を見ていたら、柏木はさっきの話がそんなに悪いことのようには思えなくなっていた。

    369 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:13:58.10 ID:G6QBJFYg0
    《8日目》

    篠田「手先が器用で作業が速いのは…」

    作業部屋の中で、篠田はぐるりと囚人を見回した。
    目に付いたのは、仁藤だ。

    篠田「萌乃ちゃん、やってくれる?」

    仁藤「え?あ、あたしですか…?」

    篠田「ごめんね、じゃないと時間内に作業終わらなそうだから」

    仁藤「は、はい…」

    仁藤は渋々立ち上がると、ダンボールから残りの作業パーツを取ってきた。

    ――どうしよう…こんなにいっぱい、終わるわけない…。

    370 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:15:26.06 ID:G6QBJFYg0
    確かに自分は他のメンバーと比べて作業ペースが速い。
    だからといって、残りの分を全部自分が肩代わりするのはどうかと思う。
    それもこれも、今日になって突然囚人の仕事が増えたことが原因だった。
    囚人の中から数人が選ばれ、洗濯物を畳むよう指示されたのだ。
    そのせいで、洗濯のほうにまわされた囚人の分の作業を、仁藤がやるはめになってしまった。

    ――1人でこの量、絶対無理…。

    困り果てた仁藤は、隣に座る宮澤に目で訴えかけた。
    しかし宮澤は仁藤の視線を完全に無視した。
    正確には、仁藤が睨んできていると勘違いし、そちらを見ないようにしていただけだが。
    仁藤は自身の目つきの鋭さに気がついていない…。

    ――何で…佐江ちゃん…。ちょっとくらい手伝ってくれたらいいのに…。

    仁藤は宮澤がそんな勘違いをしていることを知らない。
    すっかり宮澤に無視されていると思いこみ、むかむかとした感情が湧き上がってくる。
    結局、見かねた大島が仁藤の分を半分手伝ってやることにして、作業は時間内に終わらせることができたが、仁藤の苛立ちは治まらなかった。

    371 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:16:10.11 ID:G6QBJFYg0
    自由時間――。

    『本日懲罰房行きとなる囚人が決定しました。第3監房の小林香菜さん、これから看守が迎えに行きます。監房から出ずにお待ちください』

    自由時間開始と同時に、懲罰房に連れて行かれる囚人の名前が発表された。
    島田は、そろそろだと立ち上がる。

    ――みおりんが懲罰房から解放される…。

    島田は市川の帰りを待ち望んでいた。
    どうしても、市川に告げたいことがあるのだ。
    一晩かけて考えに考えた末、出した決断だった。
    これを聞いたら、市川はもしかしたら反対するかもしれない。
    しかし、もう方法はこれしか残っていないのだ。

    市川「……」

    やがて、通路の奥から市川が姿を現す。
    その足取りは弱々しく、歩くのもやっとといった雰囲気だ。

    島田「みおりんっ!!」

    島田はたまらず、市川のもとへ駆け寄った。
    テニスでつちかったたくましい腕で、市川の体を支える。

    372 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 12:17:35.88 ID:G6QBJFYg0
    市川「ありがとう…」

    市川は妙な発音でそう言った。
    おそらく自分の声さえも聞き取りずらい状態なのだろう。

    島田「とりあえず、あたしの監房に行こう。今は菊地さん他の監房に行ってて留守だから」

    島田は市川が聞きやすいよう、大声で区切りながら言った。
    市川が頷く。
    2人は寄り添うようにして、第2監房へ入った。

    島田「みおりん、ここ…」

    島田はまず市川をベッドに座らせた。
    市川が腰を下ろすと、小さなベッドが妙に大きく感じる。
    こんなにも華奢な体で、市川は独り懲罰房を耐えていたのだと思うと、島田の目に涙がに滲んだ。

    島田「ごめん…ごめんみおりん…あたしみおりんに何もしてあげられなくて…。みおりんは…せっかくあたしのこと頼って相談してきれてくれたのに」

    市川が小さな頭を振る。
    諦めと絶望、2つが交じりあった表情をしていた。

    島田「あたし考えたの。このままだとみおりんは確実にまた懲罰房へ入れられる。らんらんに注意するのは簡単だけど、そうして今度はらんらんが懲罰房へ入ることになっても嫌だ。あたしは…せめてチーム4のメンバーには懲罰房へ入ってほしくないんだよ」

    市川は懸命に耳を澄まし、島田の言葉を聞いていた。

    375 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:41:31.48 ID:58HWYykmO
    島田「だからね、ここを出よう。ここから脱獄しよう」

    島田がそう言うと、市川ははっと顔を上げた。
    それからじいっと島田の顔を見つめる。
    瞳の奥から、その真意を探ろうとするかのように。

    島田「方法は考えてある。みおりんはあたしを信じて、ついてきてくれるだけでいいから」

    市川は黙ったまま、しかしさっきとは明らかに瞳の色が変わっている。

    島田「もちろん今すぐは無理だよ。明日、決行する。明日ならみおりんの体力もいくらか回復してるだろうし」

    市川「そ、それは…あたすぃ達だけでやるの?」

    本当に大丈夫なのだろうか。
    確かにここから脱獄できたらどんなにいいだろう。
    この数日、そのことばかりを夢見てきた。
    しかし、いざ脱獄を決める局面に来て、市川の心は揺れていた。

    376 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:43:19.17 ID:58HWYykmO
    島田「うん。なるべく騒ぎにならないように、ひっそりと出ようと思う」

    市川「……」

    島田「だからこのことは誰にも言わないで。あたし達だけの秘密。ね?」

    島田はすでに市川が一緒に脱獄するものだと決め付けていた。
    そしてその強引な話しぶりに、市川はいつしか脱獄を現実のものとして捉え始める。

    島田「あ、でも…」

    島田はそこで、何かに気がついた。

    市川「?」

    島田「そうだ、もう1人助けなきゃいけない人がいる」

    市川「へ?誰ですか?」

    島田「ぱるるだよ。ぱるるも放っておいたらまた懲罰房行きになる。ああいう子だから仕方ないけど、黙って見過ごすわけにはいかないよ。ぱるるも含めて、3人で脱獄しよう」

    377 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:45:31.95 ID:58HWYykmO
    市川「ぱるるも…」

    3人で脱獄する。
    それが例え島崎だったとしても、2人より3人のほうが心強いことに間違いはない。
    それに、島崎はああ見えて芯の強い人だと、市川は思っていた。

    ――3人でなら…やれるかもしれない…。

    市川はそう考え、ようやく島田の提案に同意した。

    市川「うん、わたすぃやる!脱獄する!」

    島田「良かった、じゃあ早速ぱるるにも言って…」

    その時、どこかへ行っていた菊地が監房へ戻って来た。
    島田は慌てて口を閉じる。

    ――菊地さんにあたし達の話…聞かれてなかったかな…。

    378 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:47:17.62 ID:58HWYykmO
    しかし菊地は島田と市川にはまったく興味がないようで、適当に挨拶をすると床に寝転んでしまった。

    島田「え?あ、あの…なんで床なんですか?ベッド使ったほうが…」

    市川「背中痛くなっちゃいますよ」

    菊地「え?そうなの?」

    菊地はそこが床だろうがベッドだろうが、気にはしていない。
    頭の下で両手を組んで枕変わりにすると、くだらない話を後輩2人に振った。
    ちょっと頭が足りなかろうが、仮にも菊地は先輩である。
    付き合わないわけにはいかず、島田と市川は愛想笑いを浮かべた。

    ――早くぱるるにも脱獄の話を伝えに行きたいのに…。

    島田は焦る。
    菊地の話は終わらない…。

    379 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:49:21.16 ID:58HWYykmO
    一方その頃、第12監房では――。

    小嶋「みおりん、解放されたのに戻ってこないなぁー」

    小嶋はのんびりと、壁の時計を見上げた。

    高橋「戻って来る前に、みんなそれぞれ意見を出し合おう」

    高橋が厳しい目で集まった面々の顔を見回す。
    第12監房には、昨日大島の話を聞いたメンバーが集合していた。

    指原「あ、あれ?萌乃ちゃんがいませんよ」

    指原が気がついて、きょろきょろと視線を動かした。

    宮澤「うーん、声かけたんだけど、なんか疲れてるみたいだったし、今機嫌悪いよ」

    大島「洗濯物を畳むのに、作業する囚人の数が減ったからね。その分の作業を肩代わりさせられたら、そりゃ腹立つよ」

    板野「優子は平気なの?結局萌乃ちゃんと作業分担したんでしょ?」

    380 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:53:04.18 ID:58HWYykmO
    大島「あぁ、あたしは平気だよ」

    高橋「でもなんで…今日になって看守は洗濯物を囚人にやらせたんだろう…。洗濯って、今まではずっと看守が交代でやってきたんだよね?」

    秋元「たぶん…囚人と看守の上下関係が出来上がりつつあるんだ…」

    秋元が深刻な顔で説明した。

    秋元「よく聞くでしょ?囚人と看守のゲーム。看守になった人は、次第にその権力を行使するようになる。看守をやることに慣れて、性格や考え方そのものが変わってきてしまうんだよ」

    秋元「囚人よりも自分達看守のほうが立場が上だと思うようになってね。そこまでいくと、もう誰も看守を止められない」

    板野「だからあっちゃん…あんな…」

    板野は前田の様子を思い出し、表情を曇らせた。

    大島「そうか、だからか…」

    メンバーが沈んだ顔をする中、大島はなぜか納得の声を上げた。

    高橋「どうしたの?」

    381 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:55:29.75 ID:58HWYykmO
    大島「ずっとおかしいなって思ってたんだけど、才加の話を聞いて納得がいったよ」

    板野「え?」

    大島「いい?ここから解放される条件は、看守が1人の囚人を5回懲罰房へ入れたらってことになってるよね?」

    指原「はい…。あんなとこ5回も入れられたら頭おかしくなっちゃいそうですけど」

    大島「だったら最短5日であたし達は解放されるはずだよね?もちろん、そうなった場合は1人だけが犠牲にならなきゃいけないんだけど」

    秋元「現実的に考えて、1人が5回連続で懲罰房に入るなんて酷でしょ。だから看守も毎回違う囚人を指名しているんだろうし。今まで連続で懲罰房に入れられた子なんていないよ」

    大島「そうだよね。で、今日は監禁されて何日目?」

    宮澤「えーっと、8日目」

    宮澤が指を折りながら答える。

    382 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 12:58:11.32 ID:58HWYykmO
    大島「うん、だったらそろそろ、すでに1度懲罰房に入れられた子が、また指名されてもいいと思うんだけど」

    高橋「確かに。みんななるべく早くここから解放されたいと思ってる。だったらまた同じ囚人を指名して、早くノルマである5回に辿りつきたいと考えるよね、普通」

    大島「でしょ?あたしが看守だったらそうする。でもなぜか、看守の子達は、1度懲罰房へ入れた囚人を2度と入れようとはしない」

    板野「もしかして…この監禁生活を引き伸ばそうとしているってこと?」

    大島「うん、今の状況を見る限り、そう考えるのが妥当かな」

    秋元「くっそぉ…」

    大島「看守にとって、この監禁生活はだんだん快感になってきているのかも。囚人は看守に低周波が流されないよう、気を遣ってくれるし、洗濯とか面倒なことは囚人にやらせればいいし」

    大島「ピラミッドの頂点にいるのは、自分達看守。そして、その最下層が囚人であるあたし達。人間やっぱり、人の上に立つってことは気持ちがいいものなのかなぁ…」

    大島はそう言うと、深いため息をついた。

    383 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:01:56.29 ID:58HWYykmO
    一方その頃、看守の部屋では――。

    野中「あー、また負けたぁ」

    看守の部屋では、他に娯楽がないこともあり、テニスゲームが大流行していた。
    その中で野中は、まだ誰にも勝利していない。
    たかがゲームとはいえ、さすがに1勝も出来ないのはなんだか情けない。
    野中はがっくりと肩を落とし、コントローラーを置いた。

    藤江「勝った勝ったー」

    野中に勝利した藤江は、無邪気にVサインを作っている。

    中田「みちゃ、ほんと弱いねー」

    野中「まだボールを打つタイミングがつかめなくて」

    中田「こういうのって感覚だよね」

    片山「片山もこのゲーム苦手」

    中田「はーちゃんはファミコンの時代だっけ?」

    片山「えっ…」

    メンバーがゲームに興じる中、梅田はひとり緊張の面持ちでタイミングを計っている。

    ――そろそろいいかな…。

    385 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:03:40.25 ID:58HWYykmO
    なるべく不自然にならないよう気をつけながら、梅田は声をかけた。

    梅田「あ、じゃああたし優子のとこ行ってくるねー」

    野中「え?梅ちゃん次対戦する約束じゃ…」

    梅田「ごめん、なんかこのところ優子とゆっくり話せてなかったから」

    野中「そっか…そうだよね…」

    少し寂しそうな野中の様子に、梅田の心は痛んだ。
    以前から、ゲームに勝つ特訓をしようと約束していたのだ。

    野中「じゃあまた今度、ゲームしよ」

    梅田「うん」

    梅田は何かを振り切るように体を回転させると、看守の部屋を後にした。

    386 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:08:33.23 ID:58HWYykmO
    一方その頃、第12監房では――。

    小嶋「……」

    監房に集まった面々が深刻な表情を浮かべる中、小嶋はヘアアイロンを取り出し、自分の髪で遊び始めてしまう。
    大島の話をどこまで聞いていたのか。
    そんな小嶋を一瞥すると、高橋は口を開いた。

    高橋「脱獄の話に戻るけど、優子の話をまとめると、やっぱり看守の子達に協力は頼めないってことだよね」

    大島「そう。だけどあたしが言いたいのはもうそんなことじゃなくて、だったら看守はどうやって懲罰房に入れる囚人を決定しているのかってこと」

    板野「?」

    大島「この監禁生活をなるべく長く引き延ばすために、看守は1度懲罰房に入った囚人をあえて避けて、指名していってる。それってじゃあ、看守の誰が言い出したことなんだろう?誰が話し合いを仕切ってるんだろう」

    大島「それがわかれば、話し合いにあまり積極的でない人物を見つけ出すことができる。その人物はおそらく、監禁生活を引き延ばすことに反対しているはず。だったらその人物に脱獄計画を話して、協力を頼むことは可能だと思う」

    387 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:09:46.27 ID:G6QBJFYg0
    宮澤「そうか!いい考えだね。看守は監房の鍵を持ち歩いてるし、脱獄の時かなり助けになる」

    指原「え?でもどうやって看守の話し合いを聞くんですか?看守の部屋には入れないし、話し合いについて訊いても、看守は囚人にそういうこと教えちゃいけない決まりなんですよね?」

    指原がおどおどと問いかける。
    すると、大島は意味ありげに笑みを浮かべた。

    梅田「優子ー?こっちの房にいたんだね、探しちゃったよ」

    その時、梅田が顔を出した。

    大島「あ、ごめんごめん」

    梅田「これ…例の…」

    梅田は辺りを窺うと、声のトーンを落とした。
    そっと、大島に何か手渡す。

    大島「ありがとう。ごめんね。梅ちゃんはあたしから何も説明されてないし、何も知らない。だから何も悪いことはしていない。これって間違いないよね?」

    梅田「う、うん…」

    大島「じゃあまた、これ以上あたし達に関わらないほうがいいよ」

    梅田「……」

    梅田は監房に集まった面々を見渡すと、そそくさとその場を後にした。

    388 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:12:47.61 ID:G6QBJFYg0
    梅田の姿が見えなくなると、大島は手にしたものを高々と掲げてみせる。

    指原「そ、それ…しいちゃんのICレコーダー…。なんで?」

    大島「昨日借りたんだよ。それを梅ちゃんに持たせた。いい?梅ちゃんはこのICレコーダーの録音ボタンを、偶然何かの拍子に押しちゃったんだよ。偶然、懲罰房行きとなる囚人について、看守が話している時にね…」

    板野「え?てことは…」

    高橋「そこに看守の声が音声が録音されてるってこと?」

    大島「そういうこと」

    大島は片目をつぶってみせた。

    大島「早速聞いてみよう」

    再生ボタンを押す。
    少し衣擦れのような音が流れた後、看守達の声が再生された。

    389 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:13:54.51 ID:G6QBJFYg0
    一方その頃、増田は――。

    増田「遥香ー?おらんのー?」

    先ほどから仲川の姿が見当たらない。
    増田は仲川の名を呼びながら、通路を歩いた。
    監禁生活が始まり、最初は元気のなかった仲川だが、今やすっかり回復して、あり余る体力にまかせてどこかを走り回っているのだろう。

    増田「遥香探すとなると、全員の房見て回らんといかんなぁ…」

    人懐こい仲川は、特定のメンバーと行動を共にすることがない。
    あちこちに顔を出しては、風のように去っていく。
    つまり、探し出すには苦労を要するタイプの人間だ。
    増田は次第に、仲川と追いかけっこをしているような気分になってきた。

    ――もうすぐ自由時間終わってまうやん…。その前に監房へ連れ戻さな…。

    本格的に焦りはじめた増田の耳に、仲川の声が届く。

    仲川「わさみんあれ歌ってー。あー、やっぱり遥香も一緒に歌うー」

    増田は声のした第1監房に向かった。

    390 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:15:51.26 ID:G6QBJFYg0
    仲川「あ、有華ー!どうしたの?」

    仲川はやはり、第1監房にいた。
    ちゃっかり岩佐の膝の上に座り、呑気にグループの持ち歌を歌っていた。
    増田の顔を見ると、膝から飛び降り、抱きついてくる。

    増田「もうすぐ自由時間終わるやん。そろそろ監房戻らないかんやろ」

    仲川「えー?」

    増田「ほら、行くで」

    仲川「はーい」

    仲川はまだまだ遊び足りない様子で、しかし増田に腕を引っ張られると、渋々ついてきた。

    増田「随分探したんやで。どこ行ってたん?」

    仲川「んーっと、いろいろ!」

    増田「え?いろいろって?」

    391 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:16:38.54 ID:G6QBJFYg0
    仲川「最初にまゆゆのとこ行ってー、その後に通路であっちゃんと会ったからお喋りして、あ、あとトイレも行った!」

    増田「トイレて…そんなこといちいち報告せんでいいから」

    仲川「うん」

    増田はそこで、仲川の服が汚れていることに気付く。

    増田「ほんまあちこち走り回るから…」

    手で軽く叩いてやり、埃を落とす。
    仲川は子供のように気をつけの姿勢を取ると、増田にされるがままになっていた。

    仲川「ありがと」

    増田「ええからほら、行くで」

    増田はそれから、仲川の手を取ると、半ば引きずるようにして監房へと急いだ。

    392 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:18:26.69 ID:G6QBJFYg0
    一方その頃、第12監房では――。

    高橋「……」

    ICレコーダーに録音された看守達の音声が再生し終わると、拍子抜けした空気が監房内に漂った。

    板野「ねぇこれって…どういうこと?」

    板野は困ったように、大島へ問いかける。

    大島「どっちみち、あたしの期待通りにはいかなかったってことか…」

    秋元「うん…」

    指原「ど、どうするんですかこれから…こんなんじゃ対処しようがないですよ」

    焦った指原が小刻みに足踏みする。
    その瞬間、床に置かれた小嶋のヘアアイロンを踏みつけてしまう。

    指原「熱っ…くない?へ?」

    小嶋「もうさっしー気をつけてよ。壊れちゃうじゃん」

    指原「はい、すみません…」

    小嶋に叱られ、指原は気まずそうに頭を下げた。
    それから不思議そうに首をかしげる。
    見かねた板野が教えてやった。

    板野「それ、時間が経つと勝手に電源切れるから。熱くないよ」

    393 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:19:02.46 ID:G6QBJFYg0
    指原「あ、そうだったんですか」

    指原は納得したように頷いた。

    指原「ヘアアイロンなんて、指原そんなオシャンティーなアイテム持ってないんでよくわかんないんですよ」

    板野「……」

    その時、黙って一連のやりとりを聞いていた大島の頭の中に、あることが閃いた。

    大島「それだっ!」

    思わず大声を上げた大島に、高橋が反応する。

    高橋「えぇぇぇ?優子いきなりどうしたの?」

    大島「ヘアアイロンは火傷の危険性があるから危ない。だから一定の時間で電源が切れるようになってる。ガスだって吹きこぼれに反応して自動で火が止まるようになってるし…」

    宮澤「へ?何の話?」

    大島「つまりはこういうことだよ…」

    大島はそれから、残りの自由時間を考えて、手短に作戦を説明した。

    394 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:19:47.73 ID:G6QBJFYg0
    《9日目》

    大島「あぁぁもうぉ、無理無理こんなの。絶対無理だよー。ねぇたかみなー?」

    作業が開始されしばらく経つと、突然大島が大声をあげた。
    目の前に置かれた作業パーツを手で払いのけ、頬杖をつく。

    高橋「うん、もうやだよこんなの。疲れちゃったよね?佐江ちゃん?」

    高橋はそんな大島の態度を叱るどころか、便乗して宮澤にも同意を求める。

    宮澤「うーん、正直作業なんてどうでもいいや」

    宮澤もまた、大島同様、作業パーツを手で端に追いやった。
    隣に座る仁藤が、迷惑そうに宮澤を見る。

    大島「ねぇもうこんなのやめてさ、みんなでゲームしない?はーい、ゲームに賛成の人ー?」

    大島は調子にのり、勢いよく立ち上がった。
    片手をあげ、囚人達を見回す。

    大島「はるごんも作業するより、みんなで遊ぶほうがいいよねー?」

    大島の問いかけに、仲川は手にした作業パーツを放り投げて喜んだ。

    仲川「遊ぶ遊ぶ遊ぶー。何して遊ぶの?」

    395 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:21:42.70 ID:G6QBJFYg0
    大島「せっかくこの部屋広いし、思いっきり走り回れる遊びがいいなぁ」

    仲川「さんせーい」

    指原「あ、はいはい!指原は高鬼に一票!」

    指原さえも立ち上がり、作業を放棄する。
    その時、秋元が大きな物音を立てて立ち上がった。

    小林「才加、落ち着いて…」

    小林は秋元が大島達の態度に腹を立てていると思い、咄嗟に秋元の腕を押さえた。

    秋元「駄目駄目、高鬼なんて」

    しかし秋元は怒りを露にするどころか――。

    秋元「どうせなら思いっきり体を動かせる…そう…プロレスやろうぜ!」

    ノリノリの態度に、小林は目を丸くした。

    小林「才加、頭おかしくなっちゃったの?」

    一方で看守の小森は、秋元の言葉に目を輝かせた。

    小森「プロレス…!」

    もちろん倉持も、密かに笑みを浮かべている。

    396 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 13:22:21.46 ID:G6QBJFYg0
    板野「はい!あたしはドッジボールがいい。やるなら本気で」

    板野もまた、新しい提案をしながら立ち上がる。

    前田「ともちん…」

    前田は小さく、驚きの声を洩らした。

    ――みんな…急にどうしちゃったの…?

    その時、右腕に痛みが走る。
    低周波が流されたのだ。
    早く囚人達をおとなしくさせなければ…。

    前田「痛っ……」

    しかし、看守達が低周波に苦しむ中で、囚人達の声は次第に騒がしくなっていく。
    高橋はなぜかドヤ顔で踊りはじめ、大島は机の上に飛び乗り、みんなを煽る。

    大島「祭りだ祭りだー」

    そして秋元は真顔で反復横飛びを披露し始める。
    その隣では、宮澤がチーム4相手にボウリング講座なるものを展開する。
    指原は高城にヲタ芸を仕込み、仲川は部屋中を無意味に走り回った。

    398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 13:26:07.87 ID:IBX8ScLc0
    板野w

    399 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:27:36.33 ID:58HWYykmO
    篠田「痛い…ちょっ、みんな静かにして…席に戻って」

    柏木「ちょちょちょ、やめてやめて…」

    柏木は大げさにのた打ち回ると、囚人に対して注意を繰り返した。
    しかしこんな騒がしい状態で、柏木の声は届くはずもない。
    連日の作業で溜まったストレスを発散するかのように、囚人達は好き勝手に動き回る。

    横山「いけませんなぁ…こないなことしてたら…」

    真面目な横山ははじめ、作業に集中していたが、やがて馬鹿らしくなったのか、席を立った。
    呆れたように囚人達を見回しているが、その顔はにやけている。

    401 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:30:05.42 ID:58HWYykmO
    横山「ほんま…楽しそうやわ…」

    そんな中、仁藤だけはこの状況を受け入れることが出来ず、呆然と立ち尽くしていた。
    ふと見れば、傍では北原が低周波に苦しんでいる。

    仁藤「ちょっと里英ちゃん?大丈夫?」

    北原「どう…いうことなの?なんなのこれ…」

    仁藤「わかんない。わかんないよ…」

    北原「看守に対しての抗議のつもり…?」

    仁藤「知らない。あたし何も聞いてないもん」

    北原「痛い…痛いよ萌乃ちゃん…助けて…」

    402 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:32:32.26 ID:58HWYykmO
    痛みのためか、北原の唇はどんどん青紫色に変化していく。

    ――嫌だ。もうこんなのやだ。ちゃんとしてないのとかあたし絶対無理…。

    傍では同期の仲間が苦しんでいる。
    それだけではない、今や看守全員が低周波に苦しめられている。
    それなのに、囚人は騒ぐことをやめない。
    信頼する高橋や大島達が先頭切ってみんなを煽っているのだから当たり前だ。
    仁藤はこの状況が耐えられなかった。

    ――失望したよ…優子ちゃん…尊敬してたのに。それに佐江ちゃんまで…。

    ついに仁藤の頬に、涙がつたった。

    仁藤「もうやめてよ。看守がみんな痛がってるじゃん。みんなちゃんとしようよ!」

    仁藤が涙声で訴える。
    その様子に、宮澤はハッと我に返った。

    宮澤「まずい…萌乃泣いちゃった…」

    宮澤の声に、囚人達が凍りつく。
    大島と高橋は互いに目配せをすると、すっと自分の席に戻った。

    403 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 13:34:28.89 ID:58HWYykmO
    大島「まぁお遊びはこれくらいにして、作業終わらせちゃおうか」

    大島がそう言うと、囚人達は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すごすごと自分の席に着いた。
    看守の低周波が止まる。

    前田「何だったの今の…」

    前田は訝しげに囚人達を見た。

    宮澤「ほら萌乃、もう涙拭いて」

    宮澤がイケメンの身のこなしで、仁藤を慰める。

    仁藤「元はといえば佐江ちゃん達がみんなを煽ったのがいけないんじゃん…」

    仁藤はしかし、キッと宮澤を睨みつけた。

    406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 13:51:46.92 ID:fo/yY6Wn0
    小ネタちりばめ乙

    407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 14:07:15.62 ID:1vOggi0C0
    宮澤がイケメンの身のこなしで・・・

    ww

    408 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 14:08:44.10 ID:58HWYykmO
    作業終了後――。

    大家「作業が云々より、あの時みんなと一緒に騒ぎすぎて疲れたわ…」

    監房に戻った大家は、どさりとベッドに倒れこんだ。
    亜美も大家と同様、疲れたのかうとうとと枕に頭を沈めている。

    大家「でもなんか、やっぱああしてみんなで馬鹿なことしてるんは楽しいな…」

    亜美はすっかり寝入ってしまっていたが、大家は気にせずぶつぶつとひとり言を呟いた。

    大家「あ、そういえば昨日返されたこれ、結局何に使ったんだろ…」

    しばらくすると、大家はICレコーダーのことを思い出した。
    昨日、自由時間が終わる間際になって、大島が返しに来たのだ。
    今日はまたこれにメッセージを録音して、下の監房にいる指原に送るつもりだった。
    あれから大家は何度か、指原に声のお便りを届けている。

    409 : ◆TNI/P5TIQU :2012/02/28(火) 14:11:07.81 ID:58HWYykmO
    大家「……」

    録音ボタンを押そうとして、大家の中にふと好奇心が湧き上がった。
    大島がICレコーダーを何に使ったのか気になる。
    少しの間迷ったが、大家は結局、再生ボタンを押してしまった。

    大家「?」

    そして、再生された音声に驚愕する。

    大家「これ…看守の子達の声…どういうことだろ…」

    410 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 14:12:39.49 ID:G6QBJFYg0
    一方その頃、第6監房では――。

    仁藤「なんで最初に説明してくれなかったの?」

    仁藤は鋭い目つきで、宮澤を見据えた。
    宮澤は思わず後ずさりながら、慌てて弁解する。

    宮澤「や、だって萌乃、昨日は眠そうだったし…」

    仁藤「でもちゃんと聞いてたらあたし…」

    そうだった。
    はじめに説明されていれば、自分はみんなの前であんなに泣きじゃくるという失態を犯すことはなかったのだ。
    仁藤の両手は怒りに震えた。

    宮澤「だから、優子が言い出したんだよ。看守の低周波が最高でどのくらいの時間流されているのか調べようって」

    仁藤「そのためにわざとあんな騒ぎを起こしたの?看守に低周波が流れるように?馬鹿じゃないの、みんな本気で痛がってたんだよ」

    宮澤「それは悪いと思ってるよ。でもああするしかなかったんだって」

    仁藤「だいたい、なんで看守の低周波について調べてるの?」

    411 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 14:15:05.85 ID:G6QBJFYg0
    宮澤「もし看守の低周波が一定の時間で止まるように設定されていたとしたら、その時間だけ看守には低周波の痛みに耐えてもらえばいいじゃん?そうしたらうちらも看守の低周波を気にしないで脱獄できるし」

    仁藤「そんな無茶な…」

    宮澤「でも結局駄目だったけどね。あたし達の予想だと、安全のため10分かそこらで低周波は切れると思ったんだ。でも実際はもっと長い時間流れてた」

    宮澤「萌乃が泣き出して騒ぐのやめちゃったから、最後まで実験できなかったのは残念だけど、どっちみち無駄だったよ」

    仁藤「あ、あたしのせいなの?」

    宮澤「ううん、そんなつもりで言ったんじゃないよ」

    仁藤「でも、実際そうなんでしょ?」

    宮澤「違うって。あのまま実験を続けてても、たぶん低周波は永久に切れなかったんじゃないかな…。囚人が言うことを聞くまで、低周波は流され続けるんだよ」

    宮澤「だから脱獄は、誰にもバレないようにやるしかないってこと。脱獄がバレた時点で、看守には低周波が流され続けるんだからね」

    仁藤「ちょっ…今はそういうこと聞いてるんじゃなくて、どうしてあたしに何も説明してくれなかったのかってことなんだけど。一昨日、みんなで協力して脱獄しようって約束したのに…」

    412 : ◆4zj.uHuFeyJ8 :2012/02/28(火) 14:16:16.45 ID:G6QBJFYg0
    宮澤「あ、ごめん…」

    仁藤「あたしじゃ力不足なの?みんなの役に立たない?」

    宮澤「そんなことないよ…」

    しかし、宮澤はそれ以上言葉を続けられなかった。
    頭がボーッとする。
    体がだるい。
    少し、仁藤の相手をするのに疲れたのかもしれない。

    仁藤「佐江ちゃん…?」

    宮澤「……」

    黙り込んだ宮澤を、仁藤はしばらく睨みつけていたが、やがてふいとそっぽを向いた。

    仁藤「もういいよ。佐江ちゃんなんか知らない!」

    仁藤なりに宮澤の気を引くため起こした行動であったが、宮澤の反応はいまいちだった。
    そうなるともう後には引けなくなり、仁藤はそのまま不機嫌な態度を続ける。
    第6監房の雰囲気は険悪なものとなった――。

    414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/28(火) 14:19:56.79 ID:dfoewigg0
    この後どうなる

    引用元:AKB板野「ここから…脱獄する…!」

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